一夜限りと思ったワンコ系男子との正しい恋愛の始め方

その10. 付き合ってください

「尊敬している会社の上司がいたんです。同じ部署の課長で。私が新規プロジェクトに駆り出されて異動になった時、思い切って告白して付き合うことになったんですが、でも、お互いに忙しくってなかなか会えなくて」

 それでも最初のうちは頑張って時間を取って、デートにもでかけた。そういえば、先日一年ぶりに袖を通した夏のワンピースは、その時用に買ったものだった。

「去年の三月半ばに付き合いだして、クリスマスの時期には月一回くらいしか会えなくなっていた。そんなこと続けてちょうど一年経った頃に、彼には他に彼女がいるって聞いてしまって」

『どういうこと?』

 名取の部屋で詰め寄ったときの、彼の表情を思い出す。非常に面倒くさそうな、投げやりな顔とため息。

『なんで聡史(あきふみ)さんと彼女が付き合っていることになっているの?』

「……付き合う努力をしなかったのが悪いって、怒られました」
「は?」
「月一で泊まりに行って、ヤルことやって、満足して帰る。自分はストレス発散に付き合わされているだけだった。こういう関係にしたのは私の方なんだから、仕方ないだろう。セフレでいいなら続けてあげる。後はどうしたいか、私が考えて選べばいい、と」
「ちょっと、それ酷くないですか」

 低い声とともにプラスチックの容器がへこむ音と、氷の擦れ合う音がした。とっさに健斗のアイスコーヒーを確認すると、かろうじてカップは壊れてはいない。その代わりに、歪んで蓋が外れてしまっていた。

「怒ってくれて、ありがとう」

 ふっと自然に笑みが浮かんだ。自分のために怒ってくれている人がいる。その存在に、美晴の心が少し軽くなる。

「彼に言われたのが三月末日。プロジェクトも準備段階から実際の業務開始になって、こっちのオフィスに駐在になる前日でした。色々とショックだったけれど立ち止まることも出来なくて、彼のことを忘れるためにも仕事に没頭していたんですけど」

 あのときのことを思い出す。名取の理不尽な態度に怒りも湧くが、やはり悲しい気持ちになってしまう。好きだった相手からの突然の拒絶は、美晴の心を傷付けた。

< 35 / 97 >

この作品をシェア

pagetop