一夜限りと思ったワンコ系男子との正しい恋愛の始め方
 自分に、そこまでの魅力や価値があるとは思えない。でも逆に、彼の気持ちを突っぱねて拒否するだけのなにか強い理由がある訳でもないことに美晴は気が付いた。張り詰めていた気持ちが、彼を見ていると次第に緩んでくる。

 そっと息を吐きだすと、美晴は膝をずらして体ごと健斗に向き合った。

「……実際に付き合って、なんか違うって思ったらすぐに言ってくださいね」
「それは、どういう意味で」
「井草さん、責任感じてズルズル付き合っちゃいそうだから。だから、違和感あったらすぐに解消するって約束してくれるなら……」
「付き合ってくれるんですね」

 健斗の確認に、黙ったまま美晴がうなずく。健斗の目が大きく見開かれてから、細まった。口角も上がっている。彼にしては最大の微笑みだ。

「あの、お願いがあるんですが俺のこと名前で呼んでもらえませんか」
「……ケンケン?」
「いや、そっちじゃなくて。っていうか、それ陽平しか言ってないし」
「陽平って、柿村さん? 本当に二人、仲良いですよね」
「だからなんで今、陽平の話しなくちゃいけないんですか」

 これは拗ねた表情だ。そう思うと、美晴はなんだか可笑しくなってきた。

「健斗君? それとも健斗? どっちがいいですか?」
「健斗の方で。あと、敬語も無しでお願いします」
「自分だって、使っているのに」

 クスクス笑うと、なんだか健斗の頭を撫でたくなった。でも彼が指一本たりと触れないと誓っているのに、誓われた美晴の方が接触しては駄目だろう。

「俺の敬語は、まあおいおい」
「それじゃあせめて、さん付け禁止」
「いや、美晴さんは美晴さんでしょう」
「自分は健斗って呼ばせようとしてるのに」

 何ということのない話を続けているだけなのに、心の奥の(こご)った部分が次第に柔らかくほぐれていく。

 少しずつ浮上していく気分のままに美晴が微笑むと、健斗の頬が赤くなり、視線をさまよわせた。



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