一夜限りと思ったワンコ系男子との正しい恋愛の始め方
「本日は、戻り鰹の藁焼きカルパッチョがおすすめです」

 店員がカウンターキッチンの上部壁面の黒板に書かれた『本日のオススメ』を指し示し説明する。途端に美晴は目を輝かせ、そちらに意識を集中させた。

「藁焼き!」
「はい。シェフが高知の出身でして。いい鰹が入ったからには、藁焼きでたたき作ってカルパッチョだろうと」
「なんて素敵な……」

 メニューを決めるだけなのに、心の底から嬉しそうだ。若干その勢いに押されつつも、健斗もつられて楽しくなる。

「前菜、カルパッチョにして良いです?」
「もちろん」
「メインはどうしよう? やっぱりお肉だよね」

 お互いにメニュー表を覗き込み、何にしようかと一緒に悩む。そして決まったのがラム肉。パスタはランチでも一番人気のしらすと青しそのペペロンチーノを選び、注文が終わると飲み物が運ばれた。

 乾杯をして一口飲むと、美晴の目が細まって息が漏れた。

「ここのハウスワイン、美味しい」
「ビールも美味いですよ」
「うん。泡の肌理(きめ)が細かいね。注ぎ方が上手いんだ。ランチだと分からなかったけど、ここ、夜もいいな」
「……飲食に掛ける情熱がすごい」

 思わず健斗が感想を漏らすと美晴と目が合い、二人同時に吹き出した。

「なんで私、こんなにビールについて熱く語っているんだろう」
「いやでも美晴さん、前回のフレンチでも料理について結構語っていたし」
「本当? そんなつもり無かった。ご飯って美味しいと、意識しなくても普通に感想言っちゃうよね」
「普通そこまで情熱持っては言わないんじゃないかな」
「えー」

 クスクス笑っているうちに、鰹のカルパッチョが運ばれる。美晴は手元のワイングラスに目をやると、小さく唸った。

「鰹にラム肉……。このラインナップだったら、白ではなくて赤ワインだったかな」
「それなら二杯目を赤にすれば、あ」
「あ?」

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