一夜限りと思ったワンコ系男子との正しい恋愛の始め方

その13. 自覚のとき

 数ヶ月前、会社の後輩、陣内(じんない) 理恵(りえ)の趣味を聞いたときに美晴がまず思ったのは、人は色んな顔を持っている、だった。

「フルート……」
「あー、美晴さん今、合わねーって思ったでしょ」

 きゃははと笑うその表情は朗らかだ。見た目の雰囲気は、愛玩犬のマルチーズ。愛嬌があって明るい彼女の勝手な音楽イメージはJポップなのに、「クラシックが好きでフルートを嗜んでいます」と言われるとつい反射的に訊き返したくなる。

「まあきっかけは中学生の時に入った吹奏楽部なんですけどね。そこから高校、大学とフルートを吹き続け、就職したらやめるかなって自分でも思ったけれど、市民フィルに入っちゃったんです」
「偉いね」
「ただ好きなだけですよ」

 その一言に、なぜか人生の重みを感じさせる。このギャップが彼女の味だ。だから彼女から演奏会に誘われたときに、美晴は一も二もなくうなずいた。職場(オン)の彼女と、私生活(オフ)で趣味を楽しむ彼女。オフでどんな姿をみせるのか楽しみだった。だがオン・オフの顔は、どうやら美晴にもいえることだったようだ。

「理恵ちゃん、演奏お疲れ様。とっても素敵だったよ」

 演奏会が終了し、ロビーで挨拶を交わす出演者の中から見知った顔を探し出す。黒いドレス姿の理恵を見付け駆け寄ると、花束を渡した。

「美晴さん、来てくださってありがとうございます! で、あそこのボディガードみたいな人は、彼氏さんですか?」
「え?」

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