一夜限りと思ったワンコ系男子との正しい恋愛の始め方
 そして翌日、九月最終週の水曜日。本日が最後の外食ランチの日だった。つまりは健斗と昼に一瞬だけ会える最後の機会だったのだが、

「浅川さん、申し訳ございませんでした」

 涙目のテレフォンオペレーターが、美晴に向かって頭を下げる。美晴はそんな彼女に微笑みかけると、なんてことないというように手を振った。

「そんなに落ち込まないでも大丈夫ですよ」

 経験の浅いスタッフが気難しい客の対応をし、ちょっとした言葉のアヤから相手の機嫌を損ねてしまった。よくあるトラブルだ。彼女から美晴に代わって対応をしてしばらく客に捕まり、そこからフィードバックと一通りこなした頃にはすでに十二時半を過ぎていた。いつもの時間にランチに行こうとした直前のことだったので、あっという間に一時間以上経過したことになる。

 毎週水曜日を外ランチと決めたのは美晴自身なので明日明後日も外に出かけることは可能だが、両日とも職場のメンバーとお別れランチを約束をしていた。健斗と昼に会えるのは今日が最後だったのだが、つぶれてしまった。私情を挟むわけにはいかないので表面には決して出さないが、やはり内心では気落ちする。

「美晴さーん、お昼戻りました」

 自分の代わりに先に昼休憩を取ってもらった理恵が戻ってきた。美晴の顔を見ると、こっそりと訊いてくる。

「浮かない顔してますけど、さっきの苦情案件(コンプレイン)、手こずりました?」

 さとい理恵には表面の取り繕いは通用せず、美晴は自分の未熟さに頭を抱えたくなる。それでも最後の矜持として、自分の顔の浮かない理由を誤魔化すことにした。

「そっちは収まったので、関係無し。ランチの店をどれにしたらいいかなって、ちょっと悩んでいただけよ」

 昼休憩中に好きな男に会うつもりが出来なくなって落ち込んでいます、などと会社で言える訳もない。

「そうか。一人で行くの、今日がラストですもんね」

 理恵はその場で美晴が思いついた悩みを素直に信じ、うーんと一緒に悩みだした。

「あ。南華飯店がいいんじゃないですか」
「南華飯店?」

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