一夜限りと思ったワンコ系男子との正しい恋愛の始め方

その18. 背中合わせ

 バーベキューの帰り道、電車に揺られ家に帰る。隣にはぐったりと自分の肩にもたれかかり、眠る美晴がいる。健斗はそんな彼女を起こさないよう、自身は快適なクッションに徹しようと、美晴のいる左半身に神経を集中させていた。

「めっちゃ番犬」

 美晴の前に立ち、つり革に掴まった理恵が健斗を眺めてそう評する。

「忠犬って呼んであげてよ、理恵ちゃん」
「だからなんで犬」

 なぜ人は自分のことを犬に例えたがるのか。健斗は疑問に思いながら、目の前に立つ二人を見上げた。そういえばメッセージアプリの設定で健斗の名前を勝手に『ケンケン』に変えてしまったのは、陽平だった。確か二人で飲んでいたとき、健斗がトイレに行った隙にスマホを取り上げ、笑いながら設定変更をしたのだ。酔っ払うと、人はろくでもないことしかしなくなる。そしてなぜかこのあだ名は恐ろしいほどの勢いで、友人達に受け入れられていった。

「でも番犬で忠犬なら、美晴さんを任せていられるかな」

 理恵が己に言い聞かせるように、評を続ける。これは褒めていることになるのだろうか? やはり健斗にはよく分からない。

「美晴さん、酔うとちょっと危なっかしいから。ケンケンがいて、まあよかった」
「危なっかしいって?」

 美晴と飲んだのが初めての陽平が、聞き返す。危なっかしいところに付け込んだ覚えのある健斗は、あえて無表情を貫くことにした。

「甘えん坊になるのよね。前に二人で焼酎のボトル一本空けたときがあって、流石に酔っ払っちゃたんだけど」
「一本空けたの?」
「うん。ボトルキープするつもりだったのに、結局出来なかった。それはいいとして、駅の改札で別れるとき、いきなりギューって抱きしめられて『離れたくない』って耳元で言われて」

 そこで言葉を切ると、理恵がその時のことを思い出すように黙り込む。つられて健斗も、初めて二人で食事をしたときのことを思い出した。
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