一夜限りと思ったワンコ系男子との正しい恋愛の始め方
 健斗の家の最寄り駅まで着くと、タクシーを拾って帰宅した。歩いて十分程の距離だが、今の美晴の状態では車に乗せたほうが良いと思ったからだ。

 あっという間に家のマンションに着き、美晴を抱えながらドアを開けて中にはいる。先週、友人が泊まる用に片付けてから、たいして散らかしてもいない。人をいれても良い状態がキープ出来ていたことに、健斗はほっと胸をなでおろす。一方の美晴はしかめっ面の表情のまま、周りを見ることもなく、ふらふらと健斗に誘導されるままに歩いていた。

「美晴さん、靴脱いで上がって」
「ん」
「ソファーに座れる? ベッドで寝る?」
「ベッドで、寝る」

 1DKの健斗の家の間取りは、玄関を開けたらダイニングとキッチン、奥が引き戸で仕切られていて寝室となっている。ダイニングにはローソファが置いてありそこでくつろぐこともできるが、美晴は部屋を見回すことなくふらふらと突き進み、そのまま突き当りのベッドに倒れ込んだ。

「大丈夫? 美晴さん」

 不安になって、健斗が呼びかける。その声に倒れ込んだままうつ伏せで寝ていた美晴が顔を向け、それからゆっくりと体を返して大の字になった。

「……あれ? 健斗?」

 ようやく気付いたのか、美晴がつぶやく。

「気分はどう、美晴さん」

 聞かれてぼんやりと健斗の顔を見つめ、それからふわりと微笑んだ。

「健斗だ」
「うん。俺だけど」

 美晴が健斗に向かって両手を広げてみせる。

「ぎゅってして」
「えっ」

 突然のおねだりに健斗の頭が真っ白になり、動きが止まった。美晴はそんな目の前の男を眺め、小首を傾げる。

「健斗、ぎゅ」
「美晴さん、酔っているから」
「だから?」

 それがどうしたと不思議そうに聞き返し、もう一度無言で両手を広げる。美晴の『ぎゅってして』の意思が強い。

 美晴さん、酔うと甘えん坊になるのよね。

 理恵の言葉が健斗の脳内で再生され、ビクッとした。この恋人同士のような仕草はただの酔っぱらいの一形態であり、多分相手が誰であれ美晴がやってしまうこと。

「誰にでも……?」

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