一夜限りと思ったワンコ系男子との正しい恋愛の始め方
 冷静になろうと思って分析した結果に、苛立ちを覚える。知り合ったばかりの頃の健斗にも、会社の後輩である理恵にも、美晴は酔えば等しく甘えてきた。

「健斗」

 それでも腕を広げたまま呼び掛けられれば、健斗は拒むことが出来ない。我慢できずに美晴に覆い被さる。

 これは酔えば、誰にでもする甘え。そんな自虐的なことを考えて、これ以上自分の心が暴走しないようストップをかける。ゆっくりと彼女の背中に手を回し入れ、力は込めずに形ばかり抱きしめた。途端に美晴の腕が健斗を引き寄せて、ぎゅっと抱きしめ返される。

「健斗だ」

 首元から、美晴の満足そうにつぶやく声がした。

「美晴さん?」

 ただ確認されただけなのに、その声があまりにも幸せに満ちていて、甘く響いて、健斗がうろたえる。

「健斗」

 名前を呼んだあと、くふんと満足そうに鼻を鳴らし、健斗の首元におでこをぐりぐりと擦り付けられる。健斗が犬に例えられるのなら、美晴の仕草は猫のようだった。

 こんなの、誰にでもするわけじゃないだろう?

 直前までのマイナスな考えから一転して幸せな気持ちに包まれる。高ぶる気持ちのまま、つい彼女を抱く力が強くなる。

 だが、それに対して美晴からなんの反応もないことに気が付いた。

「美晴、さん?」

 くっついたままの耳元に、すうっという呼吸音が聞こえる。そっと腕の力を緩めて離れると、そこに寝入った姿の美晴がいた。

「……ヤバかった」

 美晴が寝入らなければ、ついその先まで進めてしまうところだった。深く息を吐き出し、気持ちを鎮める。唇を奪いたい衝動を抑え、健斗は代わりに彼女の頬をそっと撫でた。


 それから数時間後――。


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