一夜限りと思ったワンコ系男子との正しい恋愛の始め方
 寝室から小さく呻く声が聞こえ、健斗は引き戸を開けた。ベッドには寝起きでぼうっとしている美晴がいる。

「また迷惑かけちゃった。ごめんなさい」

 水を渡すと、分かりやすく落ち込んでいる。試しにここに至るまでのことを覚えているかきいてみると、案の定、記憶が飛んでいた。

 自分の危険性について自覚していない美晴を押し留め、今日は家に泊まってもらうことにする。そのためにはコンビニで買い物をしたいと言いだし、場所を教えてくれれば一人で行くと主張する。本当に危機管理意識が低い。そしてそれは、寝る間際にも遺憾なく発揮された。

「ここで寝ればいいんじゃないの?」

 自分の横で寝ろと主張する美晴に、健斗は思わず聞き返した。

「……美晴さん、俺を試してる?」
「ちがう。試していない」

 いや、試しているだろう。どう考えても。

 自分の良心とのせめぎ合いに余裕がなくなる。なぜこうも彼女は健斗の欲望を煽ってくるのか、分からない。体調不良を理由に寝かしつけようとしたが、即座にそれも却下されてしまった。

「さっきまで寝かせてもらったから、もう大丈夫だよ」
「そういうことじゃなくて……」

 言いかけて、唐突にあの夜のことを思い出した。健斗の快楽を引き出そうとする美晴に、なぜそんなことをするのかと聞いた。「ご飯のお礼」といたって気楽な答えが返ってきたが、それは失恋に傷付き悩んだ末の暴走だった。

 それなら、今はどうなのだろう。酔って迷惑をかけたお詫びとか、言い出しかねない。そんな考えが浮かんでヒヤリとした。

「そんなつもりで泊まってもらったんじゃない」

 思わずつぶやく声が低くなる。

「迷惑、だった?」
「そうじゃないです! でも……」

 ここでそれを許したら、また振り出しに戻ってしまう。流されて得る快楽は、一回限りの偽の幸せだ。

 それなのに、美晴はなぜか思い詰めた様子で健斗を追い込んできた。言葉でうまくそれを止められず、健斗の中でもどかしい思いだけが膨れてゆく。

「分かった。ここで寝る」

 どうすることもできず、自分の忍耐力だけが頼みの勝負を受けることにした。なんでこんな事態になったのか、もはやよく分からない。

 バサバサと手荒く布団を敷き、なるべく美晴の方を見ないようにして、健斗は部屋の電気を消した。

「おやすみなさい」

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