一夜限りと思ったワンコ系男子との正しい恋愛の始め方
 叫びだしそうになって、慌てて息を飲む。そして眠りに落ちるまでのことを思い返した。必要以上に触れないようにと、背中合わせで寝た。起きているうちはそこで踏みとどまっていられたが、眠りに落ちたらあとは無意識の世界だ。寝返りをうった拍子に、お互いに横たわるものを抱き枕の要領で抱えあった。それがこの状態だろう。

 健斗が起きないことを祈りつつ、美晴はじっと寝顔を見つめる。結局、自分の嫌う『泣き落とし』を使って、我がままを押し通してしまった。真夜中のメンタルのままだと自分への嫌悪で落ち込むが、今の美晴は穏やかだ。朝の光と、自分を抱える健斗の腕。この二つで幸せを感じている。

 このまま、ずっとこの人と抱き合っていたい。時間が止まってしまえばいい。

 浮かんだ端から我ながら乙女な思考だと、つい笑ってしまいそうになる。けれどそれは自嘲ではなく、照れ臭さの笑みだ。やさしい気持ちで、ただ健斗の寝顔を見つめる。時間が静かに流れていく。

 しばらくそのままでいると、健斗の意識が起きてきた。まぶたがぴくりと痙攣し、深く息を吐き出す。

「おはよう、健斗」

 徐々に開く目を眺めながら、美晴がそう声をかけた。

「おはよう……」

 少しかすれた声で言い返し、健斗がぼんやりと美晴を見つめると、徐々に目の焦点が合ってきた。

「え? 俺」

 目から入ってくる視覚の情報と、美晴を抱きしめた腕からの触覚の情報。両方が合わさったところで、勢いよく健斗が上半身を起こした。

「みっ、み、美晴さんっ」
「はい」
「俺……!」

 見る間に顔が赤くなったと思ったら、起き上がったときより更に勢いを増して、美晴から離れようとする。

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