恋のナンバー507〜一尉、私のハートを墜とさないで〜

 私は、桧山一尉に肩を抱かれて、泣いた。

 寒いけど、暖かい。
 悲しさや嬉しさより、今までこらえてきたものが、一気に溢れ出したようだった。 

 ひとしきり泣いた私が、ようやく静かになると、一尉は自分が着ていたウィンドブレーカーを私に着せて、こう言った。

「ついて来い」

「どこに行くんですか?」

「俺のアパートだ」 

 心臓が喉からせり出しそうだった。

 降りしきる雨の中を、私は一尉の後について歩いた。

 一尉のアパートは、公園からさらに東に200メートルくらい進んだ先にあって、私の家とは市の中心を挟んで、ちょうど正反対の場所にあった。
 よくこれで、出会えたものだと思うけど……。
  
 アパートの扉に手をかけて、一尉が中に入って行く。私も覚悟を決めて、建物の中に入った。

 アパートというものをそれほど詳しくは知らないけど、たぶんこれが単身者向けアパートといわれるものなんだろう。中は単純な2階建てで、通路に沿っていくつものドアが並んでいる。

 一尉は階段を上がった2階の左端のドアに、鍵を差し込んだ。

「来い、風邪をひくぞ」

 自分もずぶ濡れのはずなのに、一尉はそう言って私を部屋に招き入れた。

 一尉のアパートは、綺麗に整頓されて──というより、必要最低限のものしか置いていなくて、物足りなく感じてしまうほどだった。
 ただ、ドアを開けた目の前に、ホームランドリーのユニットが備え付けてあった。これで濡れたウェアを乾かせる。

「向こうを向いているから、濡れた服をランドリーに放り込んで、早くシャワーを浴びろ。その扉の向こうがユニットバスだ」

 一尉はそう言うと、私に背を向けて奥のリビングに入って、いきなり濡れたトレーニングウェアを脱ぎ始めた。

 私も慌てて、

「ありがとうございます」

 と言って、ユニットバスに飛び込んだ。
 
 狭いユニットバスの中で、恐る恐る濡れたウェアをインナーも全部脱いで、バスの扉越しにランドリーに放り込んで、そして扉の内鍵を掛けてシャワーのコックをひねった。

 暖かいお湯が(ほとばし)って、冷えた素肌の上を癒やすように滑り落ちていく。  

 ようやく人心地がついた。
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