恋のナンバー507〜一尉、私のハートを墜とさないで〜
大切なこと
私は久し振りにシューズの紐を結んで、コートに立った。
市営体育館の板張りのコートは、ニスが効いてグリップもいい。私は顔を映しそうなコートの輝きを見て、自然に顔がにんまりしてきた。
「嬉しそうだね、さくら」
萌音が声をかけてくる。萌音は、私が桧山一尉からバスケのレクチャーを受ける話をしたら、私も行くよ、と言い出した。
理由を訊いたら、
「二人だと間が持たないでしょ」
──ごもっとも。
一尉は大人の男性で、女の子に優しくて、紳士的。
でも完璧過ぎて、悲しくなってくる。
たぶん私は、一尉からしたら手のかかるコドモにすぎなくて、恋愛対象として見られていない。
私が一方的に舞い上がっても、引かれるだけだろう。
何を話したらいいのか分からなくなってしまうとき、頭の回転の早い萌音のフォローはありがたい。
せっかくの一尉との時間を、二人だけで過ごせないのは、ちょっとモヤッとするけど。
それでも、久し振りにコートに立てるのは嬉しいし、気心知れた萌音とパスを出し合うのは楽しい。
そして何より、一尉が貴重な時間を割いて私と一緒にいてくれることが、すごく嬉しい。
ついでに、ちょっと不純な動機だけど、一尉のバスケ姿が見たいという思いもあった。
「待たせたな」
ウェアに着替えた一尉が、コートサイドに入ってきた。
ロゴが入ったノースリーブのシャツから、盛り上がった肩の筋肉としなやかな腕が伸びて、シャツと同色のハーフパンツから、引き締まった脚がすらりと伸びている。普通に歩いているだけでも、一尉の腕と脚には細かな筋の動きが、刻まれては消える。
カッコいい。
そして、コートに立つ姿を見ただけで分かる。
桧山一尉、めちゃくちゃデキる人だ。
「アップが済んだら、始めるぞ」
一尉のかけ声で、私たちは向かいあって
準備運動を始めた。