恋のナンバー507〜一尉、私のハートを墜とさないで〜
次の瞬間、哲也が奇声を上げて桧山一尉に体当たりしてきた。
哲也はそんなに大きくないけど、サッカー部でそれなり身体も鍛えている。
実際あの夜、私はのしかかってきた哲也から、逃れることができなかった。
なのに、びくともしない。
背の高い一尉の身体は、哲也が組み付いてうんうん押しても、根が生えたように動かなかった。
反対に一尉が哲也の肩に手を掛けて、無造作に払うと、哲也は枯れ枝が風に吹かれるように、ころころアスファルトを転がっていった。
「ちくしょうっ、ちくしょうっ、ちくしょぉぉぉぉっ!!」
転がされるたび、哲也は罵声を上げながら起き上がり、一尉に突進したけど、同じようにまた転がされるだけだった。
そんなことが10回も繰り返されたあと、哲也はアスファルトの上に仰向けに転がったまま、動くのをやめた。
そして両手で覆った顔から、低いすすり泣きが漏れ始める。
私たちはそんな哲也の姿を、しばらく黙って見下ろしていた。
やがて私は、静かに哲也に歩み寄ると、冷えたアスファルトに膝をついた。
「ごめんね、哲也。痛かったよね」
「……さくら……」
私は砂まみれの幼なじみに、静かに語りかけた。
「ありがとう、哲也。あなたなりに、私を守ろうとしてくれたんだよね」
「……」
「でも──ごめんね、私は桧山さんが好き。哲也の想いには、応えられないよ」
「……」
「あの夜、酷いことを言ってごめんね。あなたの辛さ、あれから私にも分かったの。私が、桧山さんのことを好きになって」
「さくら……」
遠い昔、二人でかけっこをして、木の根に躓いて転んだ哲也が、膝を擦りむいて泣きべそをかいていた姿を思い出していた。
「許して、哲也。私は桧山さんが好き。あなたがどれだけ想ってくれても、もう昔のようにはなれないよ」
私はスポーツバッグからハンカチを取り出すと、それで傷だらけの哲也の額を拭って、そしてそっと、口づけした。
「今までありがとう、哲也。──さようなら」
そして私は、静かに立ち上がった。
哲也のすすり泣きが、低い慟哭に変わっていった。