恋のナンバー507〜一尉、私のハートを墜とさないで〜
声を上げて泣き続ける哲也を残したまま、私たちは桧山一尉のオフロードタイプの車に乗り込んだ。
「哲也は──?」
顔を覆ったままの哲也を振り返って、問いかけた萌音に、一尉はこう答えた。
「一人にしてやろう。必要なことは全部、さくらが言ってくれた」
桧山一尉はイグニッションを押して、大きなオフロード車をスタートさせた。
市営体育館前の道から大通りに合流したところで、一尉はおもむろに、静かな声で語り始めた。
「さくら。俺には昔、恋人がいた」
私も萌音も、なにも言わずに一尉の言葉に耳をそばだてた。
「優という名で、もの静かな子だった。俺は優のために、バスケに打ち込んだ。試合に勝つと、優は自分のことのように喜んでくれたから」
「……」
「優は、生まれつき心臓が悪かった。部活どころか、体育の時間はいつも見学していた。俺は、優の想いも背負っているつもりで、試合に出て、勝ってきた」
信号待ちで止まった一尉の横顔を、右折車のヘッドライトが一瞬、照らして消えた。
「でも高3になって、俺は優よりも昔からの夢を選んだ。自衛官は、退役まで転勤・転属を繰り返す。身体の弱い優を、とても連れていけなかった」
私も萌音も、息を呑んだ。
二人は、別れさせられたんじゃなかったんだ──。
「ある日曜日の午後、俺は優を呼び出して、別れを告げた。そうしたら──」
一尉は大きく深く、息を吐き出した。
「優は心臓の発作を起こして、俺の目の前で倒れた」
時間が止まったように、感じた。
「俺は優の身体が、糸の切れた操り人形のように倒れて、救急車が駆けつけて、救急隊員が病院に連れて行くまで、何もできずに、ただ立ち尽くしていた」