恋のナンバー507〜一尉、私のハートを墜とさないで〜
声の主は、静かになった私に声をかけてきた。
「歩けるか?」
声の主は、ガッチリとして背が高かった。こんな時間にトレーニングウェア姿で外に出ていて、もしかしたらプロのアスリートなのかもしれない。
「ありがとう、大丈夫」
自分でも情けなくなるくらい、か細い声になってしまった。まだ急に思い出したように、悪寒が走って身体が震える。
「……無理するな」
声の主は私の前に背中を向けて、腰を落とした。
おんぶしてくれるって、こと?
ためらう気持ちもあったけど、私は彼の背中におぶさった。
広くて、ごつごつした背中。
黒いトレーニングウェア越しに、鍛え抜かれた肩や背中の筋肉が触れる。
でも……暖かい。
年は、30くらい? 落ち着いた雰囲気の人だった。
彼は私を軽々とおぶって、何事もないように玉砂利を踏みながら歩き出した。
「ありがとう」
私はぽつりと言った。
「警察に行くか?」
一瞬、彼が何を言っているのか分からなかった。
「また、あんなことがあるといけないだろう」
その言葉で、哲也にのしかかられた瞬間を思い出してしまった。
「やめて……!」
私は彼の背中に突っ伏して、震えた声を出した。頭がぐるぐるして、今にも吐きそうになる。
「……済まない」
彼はそう言うと、ぽつりと
「俺は桧山だ。君は?」
「……鹿田、さくら」
普通、初対面の相手に名前なんか教えないけど。
「あの男、知り合いなのか?」
私は桧山さんの背中で、小さく頷いた。それだけで彼には、わかったらしい。
桧山さんは「そうか」とだけ応えて、後は黙って歩き続けた。
闇の中に、神社の裏口の案内看板の蛍光灯が見えてくる。