恋のナンバー507〜一尉、私のハートを墜とさないで〜
案内看板の辺りで、私は声をかけた。
「下ろして、もう大丈夫」
「家は近いのか?」
「うん、すぐそこ」
この先の道を突き当りまで行って、右に曲がった三軒目が、私の家。
桧山さんは静かに腰を落とすと、私の両脚を抱えていた腕の力を緩めた。
私は彼の広い背中を、滑り台を滑り降りるように、すとんと降りた。
「ありがとう、桧山さん」
桧山さんはしばらくじっと私を見ていたけど、急に何かを思い出したように、トレーニングウェアのポケットから紙切れを取り出して、自分の手のひらの上でその紙切れに何か書いて、私に差し出した。
「その番号にかけると、永瀬という女性に繋がる。何か困ったことがあったら、そこにかければいい」
桧山さんの番号じゃ、ないんだ。
「永瀬って、桧山さんの彼女?」
桧山さんは、それには答えずに、
「気を付けて帰れよ」
それだけ言って、また軽やかに地を蹴って走り始めた。
私はランニングを再開した桧山さんの背中が、角を曲がって見えなくなるまで見送ったあと、渡された紙切れを案内看板の蛍光灯にかざした。
紙切れに走り書きした、携帯電話の番号。永瀬って、誰だろう。
そして紙切れを裏返して、驚いた。
『百里基地航空祭』と書いてある。航空自衛隊の基地祭のチケットだった。
自衛隊の人だったんだ──。