あなたが社長だなんて気が付かなかった〜一夜で宿したこの子は私だけのものです〜
月曜日。
私の足はもう全快。
ぶつけた腰の痛みもなく、電車に揺られ通勤する。
会社に着くとエントランスに入ったところから視線を感じる。
「おはよ!」
美香さんが後ろから声をかけてきた。
「おはようございます」
「木曜は本当にごめんなさい」
「いいんです。本当にたまたま役員フロアのふかふかカーペットに足を取られただけなんですから。そんなことを気にして仕事を回さないとかしないでくださいね」
美香さんにいつまでもこのことを引きずってほしくない。
私は何度も念押しをしてこの話は終わりにしてもらった。
「雪ちゃん、それはそうとあのあとかなり噂になってるのよ」
「え?」
「社長が慌ててお姫様抱っこした社員を車に乗せて出かけたんだから、何事かって話よ」
「私、社長だなんて知らなくて……」
「嘘でしょ? そのことにさらに驚いちゃうわ。就任してから見た目良し、性格良し、その上社長で独身。みんなのターゲットじゃない」
そうだったんだ。全然知らなかった。
私は自分のことで精一杯すぎて礼央さんが社長だとこの数カ月気がつかなかった。
「雪ちゃんのいいところよね。ミーハーなことに興味がないっていうところ」
美香さんはそう言ってくれるが、もっと早く気がついていたら彼と接触を待たずにいれたのにと後悔する。そうすれば何も始まらなかった。
「雪先輩! 今話題の人になってますよ。いいなぁ。社長にお姫様抱っこしてもらうなんて。やりましたね。彼と別れたから玉の輿狙いに変更ですか?」
エントランスにも関わらず真希ちゃんは大きな声で私をさげずむように言ってきた。
「ちょっと、真希ちゃん。それは失礼過ぎるわよ。いい加減にしなさい」
美香さんが怒ると泣きまねをしてまた騒ぎ始めた。
お腹の大きな妊婦の真希ちゃんにキツく当たり、傍から見ると泣かせた美香さんに非があるように思えるだろう。
「真希ちゃん、そんなに泣かなくても」
本当に泣いているのだとは到底思えないが私が宥めようとすると、さらに泣き声が大きくなった。
なぜ真希ちゃんがこんなことをするのかわからない。
「美香さんも雪さんも酷い。いつも私に強く当たって……私にも我慢の限界があります!」
ん?
言ってる意味がわからない。
我慢の限界があるってなんの話?
そもそも今の話と論点がずれている。私がさげずまれ、それを注意したはずが彼女から我慢の限界だと言われた。
朝の出勤でエントランスの人通りは多く何事かと周囲の目を集め始めた。
「真希ちゃん? 我慢の限界ってどう言うことかな?」
私が話しかけると、
「私が妊娠してるからってふたりは仕事を回してくれずにいつも私のことを知らんぷりしてるじゃないですか。私のことが羨ましいからってそんな意地悪するなんて酷いです。私だって仕事をしにきてるんです」
私も美香さんも唖然としてしまう。
総務にいる女性なら彼女が何を言ってるのかわからないはず。
いつもいつも仕事を回しても妊娠しているのをいいことに仕事なんてしてないじゃない。
電話に出てもメモをみんなに渡して自分は立ち上がることもないじゃない。
そう思っても今ここを通る多くの社員にとって彼女はか弱い妊婦で私たちは意地悪な先輩に映っているだろう。
「なんの騒ぎだ?」
真希ちゃんの泣き声が響き渡るエントランスに聞こえてきた声の主を見ると礼央さんがそこにいた。
「しゃ、社長」
泣いている真希ちゃんが礼央さんに近寄ろうとするが礼央さんは私の方にやってきた。
「峯岸さん、足はどうだ? 悪かったな、妊娠中なのに怪我をさせてしまって」
みんなの視線が私に集まってきた。
「妊婦は私です!」
真希ちゃんが声を上げるが、礼央さんは私の肩に手を乗せながら真希ちゃんを眺める。
「ああ、そうみたいだね。君も妊婦みたいだな」
泣きまねを忘れ、金切り声を出す真希ちゃんに礼央さんは冷たく言い放つ。
「みんな! 先程から彼女が主張していたとおり、彼女は妊娠しているからと言って特別扱いしないで欲しいそうだ。以後気をつけてくれ。峯岸さんは総務まで送って行こう。君は無理しないほうがいい」
礼央さんは私の腰に手を回すとエレベーターの方は歩き出してしまった。
呆気に取られていたが美香さんも追いかけてきた。
エントランスにいた人たちからはさまざまな声が聞こえてくるが私はそれどころではない。
「社長! 離してください。大丈夫ですから。それにどうして妊娠のことを話してしまったんですか。美香さん以外には話していなかったのに」
礼央さんは私から手を離してくれない。
「隠す必要はないだろう。さっきの社員は特別扱いしないでと言っていたが、本来妊娠しているのなら配慮されて然るべきだ。雪はそれなのに言わないから通常業務をしているだろう。それは良くないぞ。何かあってからでは遅いんだ」
どうして私のことを名前で呼んじゃうの?!
隣で話を聞いている美香さんは目を見開いて驚いているようだが狭いエレベーターの中で視線をなんとかそらそうとしていた。
「社長! 峯岸です」
「あぁ、すまない。 君、彼女のことを気をつけてやってくれ。さっきの女子社員が何かしてきたらすぐに報告するように」
「は、はい。わかりました」
4階に到着すると総務の入り口まで私を送り届け、自分はまたエレベーターに乗り役員フロアへ上がっていった。
私の足はもう全快。
ぶつけた腰の痛みもなく、電車に揺られ通勤する。
会社に着くとエントランスに入ったところから視線を感じる。
「おはよ!」
美香さんが後ろから声をかけてきた。
「おはようございます」
「木曜は本当にごめんなさい」
「いいんです。本当にたまたま役員フロアのふかふかカーペットに足を取られただけなんですから。そんなことを気にして仕事を回さないとかしないでくださいね」
美香さんにいつまでもこのことを引きずってほしくない。
私は何度も念押しをしてこの話は終わりにしてもらった。
「雪ちゃん、それはそうとあのあとかなり噂になってるのよ」
「え?」
「社長が慌ててお姫様抱っこした社員を車に乗せて出かけたんだから、何事かって話よ」
「私、社長だなんて知らなくて……」
「嘘でしょ? そのことにさらに驚いちゃうわ。就任してから見た目良し、性格良し、その上社長で独身。みんなのターゲットじゃない」
そうだったんだ。全然知らなかった。
私は自分のことで精一杯すぎて礼央さんが社長だとこの数カ月気がつかなかった。
「雪ちゃんのいいところよね。ミーハーなことに興味がないっていうところ」
美香さんはそう言ってくれるが、もっと早く気がついていたら彼と接触を待たずにいれたのにと後悔する。そうすれば何も始まらなかった。
「雪先輩! 今話題の人になってますよ。いいなぁ。社長にお姫様抱っこしてもらうなんて。やりましたね。彼と別れたから玉の輿狙いに変更ですか?」
エントランスにも関わらず真希ちゃんは大きな声で私をさげずむように言ってきた。
「ちょっと、真希ちゃん。それは失礼過ぎるわよ。いい加減にしなさい」
美香さんが怒ると泣きまねをしてまた騒ぎ始めた。
お腹の大きな妊婦の真希ちゃんにキツく当たり、傍から見ると泣かせた美香さんに非があるように思えるだろう。
「真希ちゃん、そんなに泣かなくても」
本当に泣いているのだとは到底思えないが私が宥めようとすると、さらに泣き声が大きくなった。
なぜ真希ちゃんがこんなことをするのかわからない。
「美香さんも雪さんも酷い。いつも私に強く当たって……私にも我慢の限界があります!」
ん?
言ってる意味がわからない。
我慢の限界があるってなんの話?
そもそも今の話と論点がずれている。私がさげずまれ、それを注意したはずが彼女から我慢の限界だと言われた。
朝の出勤でエントランスの人通りは多く何事かと周囲の目を集め始めた。
「真希ちゃん? 我慢の限界ってどう言うことかな?」
私が話しかけると、
「私が妊娠してるからってふたりは仕事を回してくれずにいつも私のことを知らんぷりしてるじゃないですか。私のことが羨ましいからってそんな意地悪するなんて酷いです。私だって仕事をしにきてるんです」
私も美香さんも唖然としてしまう。
総務にいる女性なら彼女が何を言ってるのかわからないはず。
いつもいつも仕事を回しても妊娠しているのをいいことに仕事なんてしてないじゃない。
電話に出てもメモをみんなに渡して自分は立ち上がることもないじゃない。
そう思っても今ここを通る多くの社員にとって彼女はか弱い妊婦で私たちは意地悪な先輩に映っているだろう。
「なんの騒ぎだ?」
真希ちゃんの泣き声が響き渡るエントランスに聞こえてきた声の主を見ると礼央さんがそこにいた。
「しゃ、社長」
泣いている真希ちゃんが礼央さんに近寄ろうとするが礼央さんは私の方にやってきた。
「峯岸さん、足はどうだ? 悪かったな、妊娠中なのに怪我をさせてしまって」
みんなの視線が私に集まってきた。
「妊婦は私です!」
真希ちゃんが声を上げるが、礼央さんは私の肩に手を乗せながら真希ちゃんを眺める。
「ああ、そうみたいだね。君も妊婦みたいだな」
泣きまねを忘れ、金切り声を出す真希ちゃんに礼央さんは冷たく言い放つ。
「みんな! 先程から彼女が主張していたとおり、彼女は妊娠しているからと言って特別扱いしないで欲しいそうだ。以後気をつけてくれ。峯岸さんは総務まで送って行こう。君は無理しないほうがいい」
礼央さんは私の腰に手を回すとエレベーターの方は歩き出してしまった。
呆気に取られていたが美香さんも追いかけてきた。
エントランスにいた人たちからはさまざまな声が聞こえてくるが私はそれどころではない。
「社長! 離してください。大丈夫ですから。それにどうして妊娠のことを話してしまったんですか。美香さん以外には話していなかったのに」
礼央さんは私から手を離してくれない。
「隠す必要はないだろう。さっきの社員は特別扱いしないでと言っていたが、本来妊娠しているのなら配慮されて然るべきだ。雪はそれなのに言わないから通常業務をしているだろう。それは良くないぞ。何かあってからでは遅いんだ」
どうして私のことを名前で呼んじゃうの?!
隣で話を聞いている美香さんは目を見開いて驚いているようだが狭いエレベーターの中で視線をなんとかそらそうとしていた。
「社長! 峯岸です」
「あぁ、すまない。 君、彼女のことを気をつけてやってくれ。さっきの女子社員が何かしてきたらすぐに報告するように」
「は、はい。わかりました」
4階に到着すると総務の入り口まで私を送り届け、自分はまたエレベーターに乗り役員フロアへ上がっていった。