あなたが社長だなんて気が付かなかった〜一夜で宿したこの子は私だけのものです〜
同僚と同じ席につき食事をするが味気なく無理して食べてきた。笑いたくもないのに笑ってきた。事情を知る同僚は欠席すべきだと言っていたが私は意地をはり出席した。それを見かねて周囲は守ってくれ、思ったほどに酷いものではなかった。
最後の見送りまで頑張り、やっと帰ろうとした時彼女に声をかけられた。

「雪先輩、来てくれてありがとうございます。妊娠しちゃってごめんなさい。今日も来てくれないかと心配してたんです。うふふ。来てくれて嬉しいです」

私は歯を食いしばり、もらった引き出物を握りしめて「おめでとうございます」とだけ言い式場を後にした。

悔しい。
本当なら私があそこにいるはずだったのに。
泣いたら負けだ。ロビーの端に移動し、私は上を見て涙がこぼれないように目をつぶった。どれだけここにいたんだろう。気持ちが落ち着いてきて帰るまでは涙がこぼれなさそう。
帰ろうと思いエントランスに足を進めるがふとカフェが目に入り先ほどのことを思い出した。

私が行かなければ彼はずっと待ち続けてしまうだろう。
そんな気分ではないがお金だけ受け取りに行こうとエレベーターへ向かい25階のラウンジのボタンを押した。

ラウンジに足を踏み入れると彼はすぐに目に入った。
バーカウンターでタブレットを打ちながらお酒を飲んでいた。
後ろでは女性が話しかけようかとタイミングを狙っているように思えた。

彼は私が入ってきたことに気がついたのか片手を上げてきた。
私は頷くと彼の近くまで歩き始めた。
それを見た女性は彼に声をかけるのを諦めたのか視線を外した。

「お疲れさま。座らないか?1杯奢るよ」

「ありがとうございます」

私は隣に腰掛けると足元に引き出物を置いた。
ウェイターがオーダーを聞きに来たが何を頼んだらいいかよくわからず困っていると、おすすめのカクテルをお作りしましょうか?と聞いてくれるのでお願いした。
場慣れしていないのがわかったようでさりげないフォローに感謝してしまう。

「引き出物を預かっておいてもらうか?」

足元にある紙袋に視線を落とし彼は聞いてきた。

「いいんです。捨てるものなので」

私は投げやりに答えた。

「何かあったのか?」

一期一会。
ここで会ったのも何かの縁。でも二度と会うことはない。
私は誰かに聞いてほしくて仕方なかったのかもしれない。
元彼と後輩の結婚式に出たことを話し始めた。

「私が彼と結婚するはずだったんです。それなのに……彼は後輩の子の誘いにのって、その上妊娠までさせて私は捨てられたんです。挙句、結婚式にまで呼ばれて今日ほど情けなくて、悲しくて、苦しくて、怒りたくて自分の感情が制御できない日はなかったです」

「そうか」

「私のどこがダメだったんでしょうね。真面目すぎるところでしょうかね」

「俺からすればそんな男は遅かれ早かれ浮気したんじゃないかと思うが。付き合ってる人がいるのに誘いに応じる時点で信用できないな」

あ……

「俺はそういうのが面倒だから決まった人は作らない」

「え? ウフフ。そんなことを自慢げにいうなんておかしい」

なんだか急に彼の話を聞いておかしくなってしまった。
さっきまでは浮気するような男はダメだと言われ、そうだよねって思っていたけど彼はそもそも決まった相手を作らなければよかったのに、と言う。
なるほどね。
さすがこの見た目だもん。さっき見ていた女性にしても私が来なければきっと話しかけていたんだろう。それで話が合えば一夜を過ごしたりするんだろう。
ちゃんと割り切った関係だと言わんばかりの言葉に笑いが込み上げてきた。
運ばれてきたカクテルが美味しかったのもある。
私の気分はさっきまでとは違って何かがすっと落ちた気がした。

「すみません。もう1杯お願いします」

私がウェイターに声をかけると彼もウイスキーのおかわりを頼んでいた。

結婚式で多少お酒を飲んできたこともあるが、ここで彼に話を聞いてもらいながら飲むお酒がとても美味しくてどんどんと進んでしまった。
食事をしてきたこともありここではドライフルーツやチーズを摘むだけ。彼も同じように摘んでいた。

「あー、もう嫌になっちゃった。仕事もやめちゃおうかな」

「辞めたら負けたことになる。君が辞めることはないと思うぞ。もちろん辞めても責める人はいないが、その女はますますつけ上がるだろうな。そんな女は特にだ」

彼の言う通り。
彼女は私のことを先輩と呼びながらもどこか馬鹿にしているのは気がついていた。
だから私の彼が国際部だと知って奪ったのだろう。
でも彼が馬鹿だったのも彼に言われて気がついた。
彼女だけが悪いのではない。
彼も悪い。
だからそんなふたりから逃げたくない。
いままでだって十分頑張ってきた。
ここまできて今更逃げたくない。

「そうですよね。仕事自体好きなんです。地味だけど誰かの役には立ってると思うんです。目に見える成果はないけれどなくてはならない仕事だと思っているんです」

「そうか。仕事が好きだと言える職業につけることはなかなかないんだ。大切にしろよ」

「はい」
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