あなたが社長だなんて気が付かなかった〜一夜で宿したこの子は私だけのものです〜
私は妊娠ことを職場では誰にも言わずにいた。
けれどつわりで体調が悪く、朝電車で通勤するだけでへとへとになってしまう。
食事も喉を通らず、摂れるのは麦茶とオレンジジュースだけ。お昼もゼリー飲料が精一杯。みんな外に食べに行ったり、食堂に行っているので気がつかれることはないと思っていた。

「はぁ、疲れた」

私はひとりになると机に頭を付けて休んだ。
仕事中の方が気を張っているのでまだ気持ちの悪さは治っているが家に帰ると何もできずすぐに横になってしまう。

「雪ちゃん、ほらもずくのスープだよ。食パンも買ってきたし、グレープフルーツのゼリーもあるわよ」

その声にガバッと体を起こすと2つ年上の美香さんがいた。

「雪ちゃんつわりじゃないの? 私の時と同じ気がして。この前別れたのも知ってるから責めてるわけじゃないのよ。でも体調の悪さが気になって」

私が何も言えずにいると笑いながら「信用ないなぁ」と言う。

「そんなことないです!」

「雪ちゃん、私は雪ちゃんの味方だからね。大変なことを乗り越えて、それでもここで踏ん張ってる雪ちゃんの姿を見てるといじらしくて助けてあげたくなる」

私の隣にきて背中をさすってくれる。

「ねえ、頑張りすぎなくていいのよ。たまには頼ってよ」

「美香さん」

思わず涙がこぼれてきた。

「雪ちゃん、私にも相談にのらせてよ」

私は何度も頷きながら手で涙をおさえているとティッシュを渡された。

「今何週なの?」

「この前7週って言われたので8週だと思います」

「そっか。いまが1番辛い時だね。見た感じあまり食べられてなさそうだけど大丈夫?赤ちゃんは食べなくても育つけど脱水になるのは良くないのよ。水分は取れてる?」

「はい。何とか水分は取ってるんですけど固形物は食べられなくて」

「これはどうかな?私の経験と、一般的なものをいくつか買ってきたのよ」

袋を見ると色々なものが入っている。
中でもグレープフルーツの入ったゼリーに惹かれる。
私が手に取ると美香さんは隣に座りお茶を飲む。

「相手は聞かない方がいい? まさか国際部の彼の子じゃないわよね?」

「まさか! 別の人ですけど結婚するつもりはないんです。なので出来ればここで産休育休をとって働き続けたいんです」

「じゃ、相手のことは聞かない。でも妊娠はとてもナイーブな問題よ。特に真希ちゃんは聞きたがるでしょうね。国際部の彼を雪ちゃんから寝取るくらい上昇志向の強い子だし、なにより噂好きだもの。自分と同じように妊娠してるなんて聞いたらそれこそ大変そう」

それは思っていた。
段々と私のお腹が大きくなるにつれ彼女の目は私に向いてくるだろう。
未婚で産む私を見て、勝ち誇った彼女の顔が目に浮かぶ。

「仕方ないです。現実ですから」

「真希ちゃんは妊娠してるのをいいことに仕事もしてないわ。みんなからなんて思われても気にしてないんでしょうね」

「雪ちゃんは腰掛けでなくこれからも働くなら私は応援する。同じ働く母になるのなら強くならないとね」

私を奮い立たせるような言葉に励まされた。

「さ、少しでも食べて午後に備えましょう
。重たいものは持ってあげるからちゃんと言うのよ。もちろんそれ以外でも辛いことがあれば言ってね。フォローしてあげられるわ」

「ありがとうございます」

肩の荷が降りたように力が抜けた。
美香さんの優しさが心に沁みてきた。
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