凄腕ドクターの子を妊娠したら、溢れるほどの愛で甘やかされています
 美咲が医局を出て行ってから兄にメールを返信する。結婚が破談になり、両家への影響を少しは気にしていたのでさっきの美咲の台詞をそのまま教えてやった。

 腕時計を確認し、次の手術まで時間がないので急いで電話を掛ける。本当はチェリーズカフェにコーヒーを補給しがてら紗衣の顔を見に行きたいところだが、我慢だ。

 発信先はレストラン・イリゼ。

「もしもし、入瀬さん。今夜の予約の確認いいかな」

 電話口のオーナーシェフ、入瀬さんとは十五年来の付き合いだ。
 病院から割と近いってこともあって、昔から家族でよく食事をしていた。医師になり一人暮らしを始めてからも、夕飯をここで済ます機会が多い。

「大丈夫だよ柊矢くん。生モノとカフェイン、アルコールはなし、だろ?」
「そう、それでケーキは?」
「あの日と同じものを焼いてあるよ」
「ありがとう、恩に着るよ入瀬さん」

 今夜は紗衣にプロポーズする。
 サプライズで出会った日と同じケーキを入瀬さんに用意してもらった。

「彼女、松本編集長の姪御さんだよね?」

 電話の向こうで入瀬さんが、ワクワクした口調で続ける。

「まさか彼女の誕生日に偶然一緒にケーキを食べてから、こんな展開になるなんてね。こないだ食事に来た松本編集長も喜んでたよ」

 松本編集長、という名前を聞いて、俺は背筋をピンと伸ばした。

 今週末、入籍の前に紗衣と一緒に松本さんのお宅に挨拶に行く予定だ。
 紗衣のお祖母さんも、叔父さんである松本編集長もとても優しくて温かい。

 俺たちの結婚に反対はしないと思うが、紗衣の父親代わりだというので改まって会うのはかなり緊張する。考えただけで鼓動が早くなってきた。

「じゃあ七時に」

 電話を切り、俺は深呼吸して気持ちを落ち着かせた。

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