凄腕ドクターの子を妊娠したら、溢れるほどの愛で甘やかされています
 なんだか信じられなくて、足を止めて緩慢な動きで振り向いた。

「もしよければ、ですけど」

 すると、言いづらそうに鼻先を指で擦る柊矢さんが目に映った。

「い、いいですね! ご一緒してくださるのであれば嬉しいです。せっかくの誕生日だし、なんだかこのまま帰るのももったいないなぁなんて思ってたんです」

 浮かれてるって思われたくなくて、言い訳みたいに早口になる。

「俺もゆっくり外で食事する時間ができたのが久しぶりなので。もう少し飲みたいと思って」

 言いながら歩き出した柊矢さんに歩調を合わせた。

 二次会の場所は柊矢さんの提案でホテルのラウンジに決まった。日曜日なのであまり開いてる店がないっていうのと、ここから徒歩数分と近いからだ。

「レストラン・イリゼにはよく行かれるんですか?」

 隣を歩く柊矢さんに質問する。

 黒のチェスターコートをさらりと着こなした柊矢さんの横顔は、彫刻みたいに整っている。

「ええ、職場が近いので。時間があればあそこで食事をする機会が多いです」
「そうなんですね。それでシェフとお知り合いなんですか」
「若い頃から通ってる常連なので、自然と仲良くなりました」

 今も若そうだけど、何歳くらいなんだろう?

 ぱちんと目が合って、ドキっとしたのがばれないよう風になびく髪を耳にかけた。冷たい春の夜風に頬が冷やされて心地よい。

 途中、神社の前を通った。
 昔よく願掛けに通った神社。母が闘病していた頃。

「神社って、夜だと雰囲気が違いますね」

 いつもは午前中の早い時間に来ていたので、暗い時間になると影絵の世界みたいな、ちょっと怖い感じがした。

 大きな御神木の枝葉が風にガサガサ揺れる。

「そうですね」

 神社の前で歩調を緩めた柊矢さんがぽつりと言った。
 柊矢さんも願掛けに来たりするのだろうか。職場が近いと言っていたけど、どんな仕事をしているのだろう……?

 彼の素性に対する興味が湧いてきたとき、ホテルに到着した。
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