凄腕ドクターの子を妊娠したら、溢れるほどの愛で甘やかされています
 柊矢さんの優しくて紳士的な態度が、私の心に吹くすきま風を止めてくれたみたい。
 ぱちりと目が合った柊矢さんは、真剣な面差しで穏やかに言った。

「俺も楽しんでるから、お礼なんていいよ」

 包容力のある口調と表情に、心が救われる。
 視界が滲んできた。ちょっとでも気を緩めたら、涙が零れそうだった。

「私、飲み過ぎちゃったかもです。元々お酒、あまり強くないんですよ」

 ははっと乾いた声で笑い、頭を抱えるように額に手をあてる。
 そんな私を、柊矢さんは誕生日にひとりで酔って愚痴っぽくなっちゃって、可哀想だと思ったのかもしれない。

「酔ったなら、少し部屋で休んで行く?」

 柊矢さんは落ち着いた声で言った。

 緩慢な速度で視線がかち合う。
 私はたぶん、口をぽかんと開けた間抜けな顔をしているだろう。

「え、っと……」

 ホテルの部屋を取るってこと?私と柊矢さんが一緒に?
 それってつまり……。

 喉まで出かかる言葉たちは、なにひとつ音にならない。

 ただ休むだけ?恋愛経験値が低すぎてわからないんだけど、こんなに素敵な人が私を誘うなんてありえないでしょ。

「どうする?」

 柊矢さんに顔を覗き込まれたときには、顔中湯だったように熱くて、思考がままならなくなっていた。

 頭でぐるぐる考え過ぎて、脳みそとアルコールが撹拌されている気分。座っているのに目眩がした。

 いや、これはアルコールのせいだけじゃない。私、激しく動揺しているんだ……。

 大丈夫ですってきっぱり断って、今夜の夢のような時間を過ごさせてもらったお礼を言って、ホテルの前で別れることだってできる。

 だけど。

「あの……、少し、休ませていただいたら帰ります」

 消え入りそうな弱々しい声で私は言った。
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