凄腕ドクターの子を妊娠したら、溢れるほどの愛で甘やかされています
 車に荷物を積み込み、祖母を待合室に迎えに行くまでになんとか偶然ご一緒した方だとわかってもらえた。まあ、信じているかは定かではないけれど。

 ともあれ、祖母が手術を終え、術後の回復もよく無事に退院できてなによりだ。
 叔父の車に乗り退院する祖母を見送りながら、私はホッと胸を撫で下ろした。

 休憩時間はあっという間に過ぎ、チェリーズコーヒーに戻る。
 慣れてきた新店舗での接客に追われ、ようやく一日の勤務を終えた頃。

「今日は来なかったですね、柊矢先生」

 早乙女さんが残念そうに呟いた。

 名前を聞くだけでドキリとする。
 いい加減、ここで働く以上こういうことにも慣れないと……。

「手術も学会もあるし、忙しいだろうしね」

 橋野店長が答える。
 私たち三人は私服に着替え、一緒に職員専用口に向かい歩いた。

「そうそう、お兄さんが今度アメリカから帰国するそうだよ」
「え、亮真(りょうま)先生がですか?」

 並んで歩く二人の会話を聞き、半歩後ろで私が口を開く。

「柊矢先生にはお兄さんがいらっしゃるんですか?」
「うん、三歳上だったかな。亮真先生もかなり優秀で、アメリカの病院に勤務しているんだよ」

 背中越しに小さく振り向いて、橋野店長が教えてくれた。

「ふたりはどっちがこの病院を継ぐかで揉めてるみたいだよ」

 周りに人がいないか確認し、橋野店長は声をひそめた。

「え、仲悪いんですか?」
「うん。昔から有名らしい」

 早乙女さんの質問に、橋野店長が頷く。

「橋野店長、お詳しいですね」
「仕事上、いろんな話が耳に入ってくるからね」

 橋野店長は得意げな顔をしているけれど、それってカフェで病院関係者の会話を盗み聞きしてるだけなんじゃ……。
 という意見を、私は胸の中にしまった。
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