凄腕ドクターの子を妊娠したら、溢れるほどの愛で甘やかされています
「医師としても良きライバル同士、プライベートでもどちらが先に誰と結婚するか、周囲からも注目されてるんだって」
「そんなことまで……?」

 いちいちこんなふうに周りから結婚の噂をされるのは、いい気分ではないだろう。私が祖母や叔父から口出しされるのとでは訳が違う。

 そういえば……。

『いや、そろそろ家族とか考える歳だよね。わかるよ』

 初めて会った日、バーで管を巻いた私に言っていたっけ。
 柊矢さんも悩んだりするのだろうか。

「この病院の後継者問題が絡んでるそうだよ。なんでも、亮真先生には有名な大学病院の教授の娘さんと結婚してここを継ぐことが決まってるそうなんだけど、柊矢先生も諦めてないとか」
「大病院ですもんね。さすが、住む世界が違うなぁ」

 得意げな顔で噂話を披露した橋野店長に、早乙女さんが感心し相槌を打った。

 たしかに住む世界が違うのだな、と私も実感する。
 誰と結婚するとか、柊矢さんも決まっていたりするのかな……。

「お疲れ様でしたー!」

 職員専用口を出ると、早乙女さんは自転車で颯爽と帰って行った。
 その後ろ姿を見送っていた橋野店長に、「お疲れ様でした」と私も一礼して去ろうとしたとき。

「松本さんって、この町の出身なんだよね」

 橋野店長に尋ねられ、私は踏み出した足を止める。

「はい、そうです」
「俺、この町に赴任して三年目なんだけどまだわからない場所が多くて。美味しいごはん屋さんとかもあんまり知らないんだよね」
「はあ……」

 私は首を傾げると曖昧に頷いた。

「松本さんなら詳しいんじゃない? よかったら紹介してよ。そうだ、せっかくだからこれから飲みに行こう」

 橋野店長は名案が閃いたふうに声を弾ませる。
 けれどもその提案には、私は応じられそうにもなかった。
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