凄腕ドクターの子を妊娠したら、溢れるほどの愛で甘やかされています
 前に橋野店長が言ってた言葉がずっと、心の片隅に小骨のように引っかかってる。

『この病院の後継者問題が絡んでるそうだよ。なんでも、亮真先生には有名な大学病院の教授の娘さんと結婚してここを継ぐことが決まってるそうなんだけど、柊矢先生も諦めてないとか』

 もしかして柊矢さんにも、決まった人がいるのかもしれない。

 近くにいると、からかわれたり優しくされたり楽しくて忘れてしまうけれど、私とは住む世界が違う人だもの。
 許嫁とか、婚約者とか、立場に見合った同じ世界に住む素敵な女性がいてもなんらおかしくはない。

 割り切って体だけの関係を続けるなんて、恋愛偏差値の低い私には難易度が高い。手に負えないよ……。

 深い霧の中で一歩も動けず、眠れない夜が続いたある日。
 仕事中にレジでミスしたり、オーダーを間違えたり、グラスを割るといった失敗がここ数日続いていた。

 橋野店長や早乙女さんにはただただ平謝り。
 仕事にプライベートを持ち込むダメダメな自分が嫌で落ち込む。

 とにかく毎日眠かった。頭が痛くて、体が熱っぽくて怠い。

 休憩時間、病院の中庭のベンチに座り、私は晴天の下でうなだれていた。
 午後の木漏れ日がキラキラと、手元のスマホの画面に反射する。

 次の休みはこの疲れを取って寝不足を解消するためにも、一日中布団の中でダラダラ過ごそう。
 休みはいつだっけ……。

 スマホのスケジュールアプリを開き、カレンダーを確認する。
 すると、毎月付けている赤いリボンのスタンプが、今月はまだないことに気づいた。
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