凄腕ドクターの子を妊娠したら、溢れるほどの愛で甘やかされています
「あれ?」

 それは、生理が始まった日の印。それがないのだ。

「今月、きてない……?」

 先月のカレンダーを見ると、もう五日も遅れている。
 今まで生理不順とは無縁だったから、こんなに遅れるなんて初めてだ。

 こんなに遅れるなんて、ひょっとして……。

 スマホを握り締め、頭に浮かんだひとつの可能性に息を飲んだ。

「……そんなわけない、よね」

 自分に言い聞かせるように吐き出して、気持ちを落ち着かせる。

 だけど、妊娠初期症状を調べ、スマホの画面をスクロールする私の手が止まった。
 倦怠感、眠気、頭痛、食欲不振、目眩、熱っぽい、気分が落ち込むなど、当てはまる部分が多い。

 休憩時間が終わりそうなので、私はふらりと立ち上がる。

 まさか妊娠してるなんて、有り得ないよね……。

 心の中で呪文のごとく何度も呟き、チェリーズカフェに戻る途中。廊下でばったりとスクラブに白衣姿の柊矢さんに出会った。

「紗衣、これから休憩?」

 偶然周囲に人がいなかったからか、柊矢さんは気さくに言った。

「あ、いえ……」

 このタイミングで会うなんて……。どんな顔をしていいかわからない。

 強張った面持ちで俯くと、私は後退する。

「どうした? 顔色が悪い」

 柊矢さんは挙動不審な私を不思議そうな目で見た。

「紗衣?」

 小首を傾げた柊矢さんに顔を覗き込まれ、私は目線を下降させる。

「だ、大丈夫です。なんでもないです」
「いや、でも」

 喉に力が入らなくて声が震えたので、心配そうに柊矢さんの表情が曇る。

 頬に伸びてきた柊矢さんの大きな手のひらを、私は避けようと自分の手で制した。
 パシッと乾いた音が響き、私は息を止めた。

 手を振り払われ、放心した様子の柊矢さんの姿を直視できない。

「あっ……ご、ごめんなさい!」

 咄嗟に大振りで頭を下げると、一目散に立ち去る。
 後ろから呼ぶ声が背中に届いたけれど、振り返る余裕なんてなかった。
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