凄腕ドクターの子を妊娠したら、溢れるほどの愛で甘やかされています
 なにやってるんだろう。心配してくれたのに……。

 逃げ出したりして、きっと柊矢さんは私を変に思ったに違いない。
 だけど、この動揺した状態でまともに会話できる自信がなかった。

 柊矢さんにはちゃんとした見合った立場の、結婚する女性がいて。
 私は呼ばれたら部屋に行く、ただの体だけの関係で。

 それなのに、どうしよう。
 私のお腹の中に、赤ちゃんがいるかもしれないなんて……。

「松本さん、ちゃんとお昼ご飯食べました?」

 チェリーズコーヒーに戻った私に、早乙女さんが開口一番で言った。

「え?」

 どうしてそんな質問をするんだろう。
 意図がわからずきょとんとする私に、早乙女さんは眉根を寄せてみせた。

「ダイエットですか? 顔色悪いですよ。ご飯はちゃんと食べたほうがいいですよ!」

 鋭い早乙女さんに苦笑いを返し、私はドリンクを担当するため厨房に入った。

 私、そんなに顔色が悪いのか。朝も食べてなかった。昨日の夜はどうだったっけ……。記憶すら曖昧だ。

「いらっしゃいませ」

 カウンターにお客様がやってきて、レジの橋野店長が対応する。

「テイクアウトでブレンドコーヒー、トールサイズおひとつですね」

 橋野店長のオーダーする声を聞き、早速準備しようとした矢先。
 目の前が一瞬真っ暗になり、心臓がドクンと大きく高鳴った。

 足に力が入らなくなり、ふらりと体が横に揺れる。

「松本さん?」

 橋野店長の声が、お風呂にいるときのように膨張して不鮮明に聞こえる。

 返事をしなくちゃ……。焦って呼吸しようにも息が浅くなる。
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