凄腕ドクターの子を妊娠したら、溢れるほどの愛で甘やかされています

 周りの風景がグルグル回って気持ち悪い。千鳥足のリズムでバランスを取るも、脳に酸素が行き渡らない感覚で苦しくて、自分の体を操ることができない。

「松本さん! 大丈夫ですか⁉」

 早乙女さんの声が聞こえたとき、私は床に倒れていた。動きはやけにスローモーションに思えたけれど、倒れた瞬間膝と腕が床に叩きつけられた痛みが走った。

 お腹、守らなきゃ……。

「聞こえますか? 松本さん!」

 意識がどんどん遠のいて、ギュッと目を閉じると私は床にうずくまった。

 誰かに支えられているのはわかったが、脱力していて自力では起き上がれない。
 職場で倒れるなんて、迷惑をかけて本当に申し訳ない、と心の中で冷静な自分が嘆く。

 テイクアウトを待つお客様が座るための長椅子に寝かされ、ゆっくりと呼吸を取り戻す。
 店内にいらっしゃるお客様もやや騒然とした様子だ。

 早乙女さんがお水を持って来てくれて、上身を起こすと少しだけ口に含んだ。

「す、すみません」

 私は消え入るくらいの小声で囁く。

「いえ、気にしないでください。大丈夫ですか? 頭打ってないですか?」
「はい……」

 顔を覗き込んでくる早乙女さんの表情が、深刻だけれど優しくて、なんだか泣きそうになった。

 おそらく寝不足と、貧血かもしれない。
 社会人として自己管理ができていない自分が情けない。

「松本さん、ど、どうしたんですか⁉ 具合、悪いですか? 先生呼びますか⁉」

 頬を伝う私の涙を見た早乙女さんが、困惑して口早に言う。
 私は小さくかぶりを振ると、もう一度「すみませんでした」と謝罪した。

 橋野店長の指示で早乙女さんがタクシーで送ってくれると言うので、私はその言葉に甘えた。

「店の心配はいらないから。松本さんはゆっくり休んで」

 優しい言葉をかけてくれた橋野店長に、私は赤い目で謝罪とお礼を伝えた。
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