凄腕ドクターの子を妊娠したら、溢れるほどの愛で甘やかされています
 まだ覚束ない足取りでタクシーに乗ると、私は運転手に祖母の家の住所を伝えた。心細くて、今はひとりになりたくない。

 祖母の家に着き、玄関のチャイムを押した私を迎えた祖母は、驚いて目を見開いた。

「紗衣! 一体どうしたの?」
「職場で倒れたんです。きっと配属されて間もないですから環境が変わって疲れもたまってらっしゃるのですね。温かいものでも食べて、ゆっくり休んでいただけたら大丈夫かと思います」

 ボーッとする頭で、早乙女さんのよどみないハキハキした声を聞いた。
 今日は彼女にお世話になってばかりだ。

「そうでしたか。わざわざ送ってくださって、どうもありがとうございました」

 祖母が早乙女さんに丁寧に頭を下げる。
 私も何度もお礼を言って、店に戻る彼女を見送った。

「紗衣、さあ入って座りなさい。なにか温かいもの作るね」

 柔らかい笑顔で私の肩に手を置いた祖母に促され、私は久しぶりに懐かしい匂いがする祖母の家に足を踏み入れた。

「お粥なら食べられる? 紗衣が好きな卵粥」

 リビングのソファで横になり、体を休めていた私はキッチンから顔を見せた祖母に頷く。

 卵粥は松本家で風邪を引いたときの定番メニュー。味噌とお出汁の優しい風味が体に染み渡る大好きな味だ。

「熱いから気をつけて食べてね」

 出来上がった卵粥を持ってきてくれた祖母は、私の隣に座るとレンゲを手渡した。

「ありがとう、おばあちゃん。いただきます」

 レンゲで掬ったお粥に息を吹きかける。
 口に含むと、甘じょっぱくて懐かしい味が口いっぱいに広がった。体だけではなく心まで温かくなる。

「美味しい……」
「良かった。お代わりたくさんあるからね」

 二口目を口に運ぶ私に、祖母が続けた。

「ごめんね。おばあちゃん自分の病気のことで頭がいっぱいで、紗衣が弱ってるのに気づいてあげられなくて」

 眉を下げる祖母の表情を見て、ギュッと胸が締め付けられる。
 祖母に謝られるのは心苦しくて、私は首を左右に振った。

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