凄腕ドクターの子を妊娠したら、溢れるほどの愛で甘やかされています
「あの、今日タンブラーは……」
「ああ、今日は忘れて来てしまって」 

 私が小声で聞くと、財布からふたり分のお金を出した柊矢さんが平然と言った。

「ズボラな柊矢がタンブラー持ち歩くなんて、なんだか信じられないわ」

 長くて綺麗なまつ毛を伏せ、女性がからかうようにクスクス笑う。

 レジを操作しながら、私はこの女性が誰なのか、柊矢さんと一体どんな関係なのか気になって仕方がなかった。

「ありがとうございました」

 ドリンク担当の早乙女さんからテイクアウトのカップをふたつ受け取った柊矢さんは、私に軽く目配せをして店内から立ち去った。
 美しい女性と肩を並べて。

「なんか、かなり親密そうでしたね」

 ふたりの姿が見えなくなったのを見計らって、早乙女さんが深刻そうな声で言う。

「そう、ですね……」

 私はか細い声で呟いた。

 ふたりを前にしたら、私はただのコーヒーショップの店員だった。いや、実際そうなんだけどなんていうか、間に割って入れない隔たりを感じた。

 私みたいに出会ってまだ日が浅い関係じゃなく、長年そばにいるからこそ醸される空気感が会話や雰囲気に出ていたし、美男美女でお似合いだった。

「すごくきれいな人でしたね。松本さん、あの女性がどなたかご存知ないんですか?」

 早乙女さんは興味本位というよりも、肩をしゅんと落とした私を心配する様子で聞いた。

「はい、知らない方です」

 私が答えたそのとき、橋野店長が休憩から戻ってきた。

「お疲れ様です」
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