凄腕ドクターの子を妊娠したら、溢れるほどの愛で甘やかされています
「そう、だったんだけど……。柊矢さんが急に仕事になっちゃって」
「そうなの。それは残念ねぇ」

 祖母に気持ちを代弁されて、気分を入れ替えたはずの私の心は再びちくりと傷ついた。
 そう、本当はとっても楽しみにしていたんだよね……。

「せっかく可愛くしてきたんだから、久しぶりにおばあちゃんと出かけない?」

 祖母の優しい提案に、私は声を弾ませた。

「それなら、神社に藤の花を見に行きたいな」

 初夏の風が肌に心地よい。
 木の葉がそよそよと揺れ、木漏れ日が優しく降り注いでいる。

 バスでやってきた神社は絢爛な藤の花が見頃で、白から薄紫へのグラデーションは幻想的な美しさだった。
 家族連れやカップルがお参りしたあと花見を楽しんでいる。

「おばあちゃんはなにをお願いしたの?」

 私たちもお参りをして、藤棚の前で花を眺めた。

「お願いはしてないよ、お礼を伝えただけ」
「お礼?」
「生きてるうちにひ孫の顔が見れそうだからね、そのお礼よ」
「は、はあ」

 上機嫌で頬をほころばせる祖母に対し、私は苦笑いを返す。

「紗衣はこの神社で七五三やったんだよ。覚えてないよね」
「三才のときだよね? うっすら覚えてるような……」
「あんなに小さかった紗衣も立派に社会人になって、こうしてきれいな花を一緒に見に来られるなんて。おばあちゃん、幸せだなぁ」

 鈴なりの葡萄みたいな可愛らしい藤の花を見上げ、祖母は目を細める。

「麻美子も今の素敵なお嬢さんに成長した紗衣を見たらきっと喜ぶよ」
「はは、そうかなぁ」

 心はほっこり温かいのになんだか無性にしんみりして、視界が潤んだのを祖母に気づかれないよう私は小さく笑った。

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