凄腕ドクターの子を妊娠したら、溢れるほどの愛で甘やかされています
 はじめましての挨拶だけじゃなく、なにかもっとほかの目的があったんじゃないかと勘繰ってしまう。

 たとえば、私にマウントを取るつもりだったとか。

 そんな捻くれたふうに考えてしまう。今の私には、自信が全くない。

「松本さん、大丈夫ですか?」

 さすがの早乙女さんもいつもの元気さはなく、心配そうに私の顔を窺った。

「あ、亮真先生だ」

 橋野店長がフッと目線を向けた方向につられて目をやった。
 柊矢さんによく似ている、長身で整った顔立ちの男性が出席者と談笑していた。

 あの人が、柊矢さんのお兄さん……。

 遠目ではよく似ているようだけれど、亮真先生のほうが口がやや大きく、色も浅黒くて健康的で、眉毛が太いからかキリッとした印象だった。

「松本さん、次はなにを飲みます? 今日はとことん飲んじゃいましょう!」

 早乙女さんが話しかけてくる視界の奥で、柊矢さんと亮真先生が会話している様子が見える。
 そして亮真先生がその場を立ち去ると、柊矢さんも出入り口のほうに向かって歩き出した。

 帰る前に少しだけ、柊矢さんと話せるかな……。

「松本さん?」
「えっと、私、ちょっとだけ失礼します!」

 私は早乙女さんにグラスを預けると、急いで柊矢さんのあとを追った。
 会場から出て人目のつかないところに行けたら、少しだけでも話せるかもしれない。

 今夜は若月総合病院の開院記念パーティーだ。私がどんな気分になったかなんて、関係ない。柊矢さんに一言、おめでとうございますと伝えたい。

 そんな思いでバンケットホールから出ると、小さくなった柊矢さんの背中を追った。
 柊矢さんはどうやら控え室のほうに向かっているようだ。通路に立てられた看板には、関係者専用、と書かれた紙が貼られていた。

 ここから先は勝手に入っていいのだろうか。私は躊躇して歩調を緩める。
 踵を返そう、と足を止めた矢先。

「は? 美咲との結婚を辞める?」

 すぐ脇の部屋から柊矢さんと思われる男性の声が聞こえた。

「ああ、実は向こうでできた彼女が今妊娠中でね」

 部屋から漏れる会話を盗み聞きするような展開に、私は驚いて硬直する。

「は⁉ 聞いてないぞ」

 また、柊矢さんだ……。
 会話の相手は亮真先生で間違いなさそうだった。
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