あの夜を閉じ込めて
「あーもう、どうすんだよ、これ」
手足が悴んで我に返る頃、ようやく工房に戻った。コンクリートの床に水が滴り落ちてるくらいに、私と冬夜さんはびしょ濡れだった。
「北海道の雪は濡れないって噂で聞いたことがあったんですけど……」
「雪の投げ合いをしなかったら、ここまで濡れなかったよ」
「最初に投げてきたのは冬夜さんでした」
「やり返してきたのはそっちだろ」
また幼稚な言い合いをして、お互いに吹き出す。見つめ合って数秒。変な沈黙になって、気まずそうに彼は別のほうを向いた。
「……着替えとか持ってるなら、あっちで着替える? あ、その前になんか食べる? 俺、ここではほとんど飲まず食わずで作業してるから、なんにも用意してなくて。頑張って歩けばコンビニまで行けない距離でもないけど……」
冬夜さんがわかりやすく早口になっていた。
明日になれば、私は東京に帰る。そうしたら、すぐに新しい仕事を見つけ、住む場所を探し、結婚が取り止めになったことを親に打ち明けなければならない。
明日になってしまえば、憂鬱な日常が待っている。きっと体力がいるだろう。もちろん精神的に参ることもあるはずだ。
ずっとこの非日常な空間に浸っていたいけれど、それが叶わないことはわかっている。
だからこそ、ここを離れても踏ん張れる思い出がほしい。
「……冬夜さん、寂しい女は嫌いですか?」
私は小さく、彼の洋服を掴んだ。
「あなたの温もりがほしいと思ってる私は、はしたないでしょうか?」
なぜか、涙がこぼれた。