大学教授と学生の恋の行方は‥
■第3話 雨の日の出来事
「はぁ……」

宮本主任教授はため息をついた。
今日だけでも、もう何度目になるかはわからない。

順子に部屋に来るなと言ってから1週間が過ぎた。
順子はちゃんと宮本主任教授の言いつけを守り、この1週間1度も部屋には来ていない。
かといって、講義がある日も教室で質問をしてくるわけでもない。
教室での質問は受け付けると言ったのだが、彼女の耳には届かなかったのかもしれない。

となると、宮本主任教授が一方的に順子を拒絶したように、彼女からは捕らえられた可能性がある。

「はぁ」

生徒が1人、自分のところに抗議の質問をしに来なくなっただけなのに、どうしてこんなに気が滅入るのか、宮本主任教授はわからなかった。

ザー

今日は午前中から雨が降っていたが、夜になって本降りになってきた。

「私の気が重いのも、雨のせいなのかもしれないな」

宮本主任教授は、そう独り言を言ってから立ち上がる。

「今日はもう帰ろう」

時刻は8時を少し過ぎている。
帰るにしては早いが、たまにはこういう日があってもいいだろうと自分に言い訳をする。

宮本主任教授は、雨音のボリュームだけがやけに大きい部屋の電源を切り、大学病院を出た。
外の雨はかなりひどい。傘をさしていても濡れてしまうぐらいだ。

宮本主任教授は、普段から車は使わないし、電車も使わない。
年齢が年齢なだけに健康を気にしており、山の上にある自宅まで歩いて帰っていた。
だから雨が降ると、やや気持ちが重くなるのである。

「家に帰ったら、すぐにシャワーを浴びないと……ん?」

傘を広げて、大学病院の門の付近まで歩いてくると、そこに誰かがいるようだった。
その人物は傘をさしていない。

「宮本主任教授!」
「大槻君!?」

順子は大雨の中、びしょ濡れの姿になりながら、門のところで突っ立っていたのだ。

「何をしているんだ。こんなところで! 風邪をひいてしまうじゃないか!」

宮本主任教授は、慌てて順子を自分の傘の中に入れる。

「宮本主任教授……ごめんなさい」

順子は雨で濡れているだけではなく、泣いているようだった。

「どうしたんだい? 何かあったのか?」
「私……私……!」

順子は濡れた手で自分の顔を抑えた。

「私……こんなことになってるなんて知らなかったんです」

そう言われて宮本主任教授は、もしかしたら例の噂のことを知ったのかもしれないと思った。

「……噂のことだね?」
「はい……私はただ宮本主任教授のことが好きなだけなのに、あんな噂が流れてしまうなんて考えてもみませんでした。私のこの気持ちが宮本主任教授に迷惑をかけることになるなんて……だから、本当に申し訳ございませんでした」

順子はそう言うと、深々と頭を下げた。
だが、宮本主任教授は、順子の言葉に内心驚いていた。確かに順子から好かれているとは思っていたが、それは懐いてくれているような、そんな感じの気持ちなのだろうと思っていたからだ。

順子は、まだ未成年。宮本主任教授は還暦だ。周りから孫と言われても仕方がないぐらいの年齢差でもある。
それなのに、彼女は本気で宮本主任教授のことを愛していた。そして、そのことに宮本主任教授もようやく気付いたのだった。

宮本主任教授は恋愛を一度もしてこなかったわけではない。
十代、二十代、三十代ぐらいまでは人並みよりは機会が少なかったかもしれないが、それなりに経験はある。

だが、四十代、五十代になるにつれて、恋愛感情というものから遠ざかっていった。
仕事も忙しかったし、利権の絡みがない女性は近づいてこなかったからだ。
順子のように純粋な気持ちで好きだなどと言われたのは、何十年ぶりかわからない。

「私、もう宮本主任教授に迷惑をかけるようなことはしません。けど、好きだという気持ちだけは持ち続けてもいいでしょうか? 見返りなんて求めていません。ただ、宮本主任教授のことを好きでい続けたいんです」
「大槻君……」

宮本主任教授の心は揺れていた。
だが、どういっていいのかがわからない。

「……今日はもう、帰ります。また、噂されちゃいまもんね」

順子は寂しそうな表情で微笑むと、宮本主任教授の傘から出ていこうとする――

――が、宮本主任教授は順子の腕をつかんだ。

「待ちなさい。ずぶ濡れの学生を雨の中、1人で帰らせるわけにはいかない。大槻君は傘を持っていないんだ。だったら私が君を送っていったとしても、一緒にいる理由にはなるはずだ」
「いいんですか?」
「当たり前だ。それより、その格好では風邪をひく。駅近くに服屋があるから、そこで服を買おう」
「……はい!」

宮本主任教授は自分の行動が、少し理解できなかったが、あのまま順子を1人で帰すことはどうしてもできなかった……。
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