大学教授と学生の恋の行方は‥
■第4話 夜のデート
駅に着くと、駅ビルのショップがまだ開いていたので、宮本主任教授と順子は女性の服が置いている店に入った。
宮本主任教授は、こういった店に入ったことは、もちろんない。

何となく引け目を感じて、順子に外で待っていると言ったが断られてしまった。

「ダメですよ。せっかくなんだし……そうだ! 宮本主任教授が私の服を選んで下さい」
「私がか?」
「はい!」

少し前まで、あんなに泣いていた順子だが、今はとても幸せそうに微笑んでいる。
その笑顔を見てホッとするものの、目の前にある慣れない若者の女性が入るような服屋には抵抗感がある。

「しかし……私はこういった場所には入ったことがなくてだな……」
「ご自身の服は、服屋で選ばないんですか?」
「いや、自分の服はもちろん店頭で買っているが、ずっと同じ店だし」
「もう! 宮本主任教授らしくないですよ。さっさと入って、私の服を選んで下さい!」
「お、おい……!」

順子は楽しそうに、困った表情をしている宮本主任教授の背中を押して、強引に店舗の中に入っていった。

服屋にはたくさんの服が並んでいる。
宮本主任教授は、ここまで来たら選ぶしかないと思い、普段の順子の服装を思い出す。
順子が普段着ている服は基本的に地味だ。モノトーンで、黒色が多い。パンツをはいていることもあるが、ロングスカートの方が多いような気がした。
であれば、似たような感じの服を選べば無難なのかもしれないと思い、地味目な服を手に取ろうとして、手を止める。
順子が悲しそうな顔をしていたからだ。

「私って、やっぱり地味なイメージなんですね」
「え、いや、これは……」
「いいんです。私に明るいトーンの服装が似合うとは思えませんし」

そういう順子の視線の先には、今の若者が好んで着そうな淡い色の服があった。
あぁいう感じの服も、順子には似合う気はしたが、本人が普段気ないような服を、自分のセンスで選ぶのはどうかと思い、店員に聞くことにした。

「すみません。彼女に似合う可憐な服を選んでいただけませんか? 私だとどうも、わからなくて」

宮本主任教授の言葉に、順子は驚く。

「はいもちろんです。可憐な服ですか?」
「あぁ、あそこにあるような、淡い色の服とかが似合うような気もしたんだが、私の好みだと古い気がしてね」
「そんなことはありませんよ。ですが、そうですね……お客様の場合だと、こちらのほうが――」

店員は、すぐにいくつかの服をピックアップしてくれた。
宮本主任教授はその中から1つを選び、順子はその服に着替えたのだった。

順子はようやく、濡れた服から解放され、これまでとは雰囲気の違う服を身にまとっていた。
19歳には見えない大人びた風貌と、あどけない表情を持ち合わせている彼女は、改めて見てもとても綺麗だった。

これで髪型のセットをしたり、化粧をしたりすれば、さらに美人度は増すだろう。
普段の彼女は、髪型は一つ縛り、化粧は化粧水ぐらいしかつけていない。
宮本主任教授は、改めて女性というものは身につけるものだけで、変わるものなのだなと思った。

その後、2人は電車の時間を見に行く。
宮本主任教授は、ここのところ電車で通勤をしていなかったので、どれぐらい待てば電車が来るのかを把握していなかった。

時刻は8時半になっていたが、宮本主任教授の家の方角に向かう電車は10分おきに発車しているが、順子が乗りたい電車は9時を少し過ぎるまで来ないようだ。
乗り継ぎをすれば、もう少し早い時間帯のものもあるが、順子は乗り換えをしなくても帰れる電車に乗りたいというので、電車が来るまで一緒に待つことにした。

「そうだ、宮本主任教授。あっちにある雑貨屋さんにも行ってみませんか?」
「雑貨屋?」
「そうです。行きましょう~」

順子は宮本主任教授の腕を掴んで歩き出す。
どうやら少し浮かれているようだ。
いつもに比べて順子のテンションが高い。

これは少しマズイ気がすると宮本主任教授は思ったが、順子の嬉しそうな顔を見ていると何も言えなくなった。

順子の言う雑貨屋に着く。
その雑貨屋はファンシーショップだった。何かのキャラクターのグッズやぬいぐるみが置かれている。
もちろん宮本主任教授は、こういった店に入ったことはない。

「どうしましたか?」
「いや、大槻君と一緒にいると、普段はいらないところばかりに来ている気がしてね」
「こういう店は、お嫌いですか?」
「好きも嫌いもないよ」
「じゃあ……私の行動は迷惑ですか?」
「え?」

それはどちらの意味で聞かれているのだろうと宮本主任教授は思ったが、それを聞いてしまったら、もう戻れないような気もした。
しかし、もう戻れないと感じている時点で、自分の気持ちは……と宮本主任教授は感じた。

「……中に入ろうか」
「あ、宮本主任教授。待ってくださいよ~」

ファンシーショップの中にいると、自分は完全にこの空間に馴染めていないなと宮本主任教授は思った。
だが、知らないことを知るのは嫌いではない。
1人では絶対に入らない店だし、せっかくだから、この機会に色々と見ておこうと考えた。

「……ん?」

そう思って、順子と一緒に歩いていたはずだが、気が付くと順子の姿がなかった。
宮本主任教授が周りを見渡してみると、順子は可愛らしいクマのぬいぐるみを見つめたまま立ち止まっている。

「このクマが気に入ったのか?」
「あ……いえ。いや、えーっと、何ていうか思い出しちゃって」
「何を?」
「子どもの頃に、こういうクマのぬいぐるみに憧れた時があったんですけど、父親が生きていた頃は、両親とも仕事に夢中になっていて、欲しいって言える機会がなかったんです。テーブルの上にはお金が置かれていて、これで食事と参考書を買いなさい。みたいな置手紙があるぐらいで。一緒にご飯を食べる時も、何か欲しいものはあるか、みたいな話はしませんでしたし」
「そういった話をしたかったんだね?」
「そうかもしれません。でも、父親が中1で亡くなってからは、お母さんがもっと仕事をするようになったから、私もいい子でいようという気持ちが強くなって、やっぱりそういう話は今までできなかったんですよね」
「なるほど」
「……あっ! ごめんなさい。こんな話、つまらないですよね?」
「いや、そんなことはない。それより、大槻君」
「なんですか?」
「今はこのクマのぬいぐるみは欲しくないのかい?」
「え?」

順子は目をパチパチとしている。

「今は……私はそんなに子どもじゃないですよ」
「そうか。私は君に、このクマのぬいぐるみをプレゼントしたくなったのだが、受け取ってくれないということかな?」
「えっ!」

順子はさらに驚いて、宮本主任教授を覗き込む。

「宮本主任教授……それって、どういう意味で言っていますか?」
「どういう意味で言っていると思う?」
「私、期待しちゃいそうなんですけど」
「それは、悪いことかな?」
「……!」

順子は、またポロポロと泣き出した。
順子の話を聞いて、宮本主任教授も腹をくくったのだ。

彼女には愛が必要だ。それに、誰かに自分のことを好きだと言ってもらえるのは、それだけでも自信になるし嬉しいことだから。
ただ真剣交際であっても、順子は未成年。理事会で言うにしても彼女が20歳になってからにはなるが。

こうして2人は正式に付き合うことになったのだった。
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