ABYSS〜First Love〜
オレはオヤジと2人で暮らしてきた。

オヤジは若い頃に輸入の代行販売をネットショップから始めて
それはどんどん大きくなって
今は色々な商品を輸入販売する会社になった。

オヤジには女はいたけど再婚はしなかった。

母親とは若い男と事件を起こしてオヤジと離婚してからは会ったことがない。

母親との思い出はあまりない。

親父の浮気が原因でいつもケンカしてる姿しか憶えていなかった。

愛情をかけてもらってたのはホントに小さい頃だけで
その後は完全なネグレクトだった。

その分オヤジがいつも気にかけてくれ
授業参観や、運動会など来てくれたのはいつもオヤジだった。

離婚の時も後から知った親戚の話では
母親はオレの親権は要らないと言ったそうだ。

オヤジにそっくりなオレの顔を見てると腹が立つと何度か言われてたし、
オレの存在は母には目障りな物でしかなかった。

それでもそれは仕方ないことだと思えた。

オヤジのせいであの人は病んでしまったのだとオレはそれを受け入れてるし、
母親を恨んでもいない。

オヤジが浮気して家庭を崩壊させる前は
母親も優しかったし、
オレもオヤジを尊敬してたし憧れてた。

もちろんその後も男手一つで育ててくれたオヤジには感謝してるし愛してもいる。

女癖が悪いだけで悪い人ではないけれど
オヤジは関わった女のメンタルを崩壊する。

そのことに自分自身気がついていなかった。

そんなオヤジが一昨年病に倒れ、
復帰するまではと叔父が会社を引き受けてくれた。

しかし叔父は欲も商才もなく
会社の業績は思わしくなくなり
オヤジは今も病と闘いながら働いている。

しかし余命は長くても5年ほどだとオヤジはわかっている。

来年は就活するとリオに言ったが
オレは大学を卒業したらすでにこの先生きていく為のレールが敷かれている。

そしてオレは会社のためにこの身を売ることが決まっていた。

まだそんなに大きくはないが最近どんどん業績を伸ばしてる通販サイトの社長の娘と結婚し、
合併する話が決まっていた。

合併したら会社は大きくなる。

そしてオレが立派に成長するまで社長でいる人が必要だった。

オヤジは別に継がなくても結婚もしたくなければしなくていいと言ったが
オレは自分で決めた。

今までオレを大事に育てくれたオヤジへの恩返しになると思ったからだ。

それに夢もなりたいものもなく
愛してる女も居なかった。

通販サイトの社長は父の長年の友人で
オレも何度か会った事がある。

経歴も人柄も素晴らしい人だった。

一人娘には会った事はないが、
誰と結婚してもオレはどうでも良かった。

人を好きになったことなど無いし
それでオヤジの気持ちが楽になり
会社も安泰となればオレとしてはこんなに有難い話はなかった。

オレは来年から
大学に通いながらその通販サイトの会社で
経営者としての仕事を勉強することになってる。

そして東京に帰ればその一人娘とお見合いすることが決まってる。

いわば今年は自由に生きられる最後の夏だった。

それなのに誰にも気持ちなど動かされたこともないオレが最後の最後に愛する人と出会ってしまった。

もう全て決まった事で何も覆すことができない。

オレの肩には何百という人の生活がかかってる。

リオと過ごせる時間はあとたったの3日だった。

このまま別れる自信がなかった。

オレは引きずってリオに会いに来てしまうかもしれない。

リオを呼び寄せて家族に内緒で愛し合ってしまうかもしれない。

そうならないためにもリオとはきちんと別れなくてはならなかった。

リオにはちゃんとした道を歩いて欲しかった。

リオが大切だからこそ
オレはアイツを手放さなければならないと思った。

それでも気持ちはそんなに簡単にはいかない。

リオを見たら抱きしめたいし、キスしたかった。

もう限界だった。

だからオレはアイツを遠ざけるために傷つけるしかなかった。








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