ABYSS〜First Love〜
ユキナリがサチといるところを見るとイライラした。

「リオ、今日一人であっちの方にいたろ?

なんか遠慮してんの?」

オウスケさんはそんなオレに気が付いてた。

「あの二人いい感じだから。」

「そっか?そうでもないけどなぁ。
少なくともユキナリはサッちゃんの気持ちに気付いてないと思うなぁ。

アイツもリオと一緒でマジで女に興味ないのかもなぁ。」

オウスケさんの洞察力はすごい。

そのオウスケさんがそうでもないって言うならそうでもないのかもしれない。

「おー、リオ来てたのか?
今日は珍しく海来ないのかと思った。」

当たり前だけどユキナリはきっと何もわかっていない。

ユキナリは感情的になったりもしないし
何考えてるのかサッパリわからなかった。

今のオレのこの感情が何なのかオレにもわかってなかったけど、
ただユキナリを見ると何となく腹が立って仕方なかった。

「あっちの方がいい波来るかなって…。」

「そうか?
じゃあオレも明日はあっちで試してみようかな?」

「あー、でも今日はそうでもなかった。
全然いい波来なかったよ。

それにユキナリさんはレッスンあるでしょ?
サっちゃんは順調?」

ユキナリはサチのことを聞いても少しも動揺しなかった。

「いや、全然。
もうオレ教えるの辞めたい。
教えるって事に向いてない。
リオが教えてくんない?」

「サっちゃんはさ、多分サーフィン上手くなりたいなんて思ってないから
誰が教えても上達しないよ。」

「え?そうなの?」

ユキナリはやっぱり何もわかってなくて
あからさまなサチの下心すら気がついてない。

ユキナリはこんなに冷めてて誰かを好きとか思うんだろうか?

オレはモテ女の悲劇に一瞬ザマァって思ったけど
サチに少しだけ同情した。

「バカなの?」

オレはさっきよりももっとイラついて
思わず年上のユキナリに暴言を吐く。

オレの機嫌が悪いのもきっとユキナリはわかってないと思った。

「お前って年下のくせにいつも上からだよな。」

そう言ってユキナリはオレの髪をぐちゃぐちゃにした。

オレはそれだけで胸が苦しくなった。

「ふざけんな!鈍感ヤロウ!」

ユキナリの手を振り払ってオレは席を立とうとした。

その時だった。

「わかってるよ。
実はお前さ、妬いてんだろ?」

ユキナリは絶対にわかってないと思ってたのに…

「え?」

一瞬、その言葉に胸の奥がトクンと跳ねた。

「サッちゃんが好きなんだろ?」

ガッカリした。

やっぱりユキナリは馬鹿だ。
ホントにことごとくオレの期待を外してくれる。

思わずため息が出た。

「ホントなんもわかってないな。」

揶揄われてるのか、本当にわかってないのか
ユキナリと話すとオレの気持ちがぐちゃぐちゃになっていく。

オレはイライラするのを止められなくて
頭を冷やしたくて少し荒れてきた海に飛び込んだ。

「おい、リオ!今、波高いから気をつけろよ!」

遠くでユキナリが何か叫んでるのが聞こえた。

その瞬間、想像以上の高い波が来て
ボードと一緒に巻き込まれた。

何かに足がぶつかって痛みと共に流されていくのを感じた。

「リオ!」

気がつくとオウスケさんとユキナリがオレを心配そうに見ていた。

「大丈夫か?」

起きあがろうとした時、脚に激痛が走った。

「岩で切ったみたいだなぁ。

おい、立てるか?」

立とうとすると足首が痛くてその場にうずくまった。

「折れてはなさそうだが…かなり痛むみたいだなぁ。
ユキナリ、病院連れてってやって。」

「わかりました。」

ユキナリはオウスケさんの車にオレを乗せて
近くの病院まで連れてってくれた。

帰りは松葉杖を貸してくれた。

捻挫と深い切り傷でサーフィンはしばらくしないようにと言われた。

サーフィンしかないオレにとってそれは地獄の宣告みたいに聞こえた。

「お前んちどこ?」

オレは大学生になって山側にある実家を離れて
海の近くにアパートを借りて一人で住んでいた。

人が来るのは初めてだった。

「案外綺麗にしてんだなぁ。」

ユキナリは慣れない松葉杖に苦労しているオレに肩を貸しベッドに寝かせてくれた。

一瞬、ユキナリと目が合った。

その目をユキナリから離せなくなって
少しの間見つめ合った。

オレは何かヤケクソでユキナリにいきなりキスしてしまった。

ユキナリは避けなかった。

それが逆に冷たく感じた。

「え、あ、ご、ごめん!」

我に返ってユキナリに謝った。

謝るしかなかった。

「謝るなよ。別に大したことねぇから。」

大したことないって言われるとやっぱり傷つく。

ユキナリはベッドから降りると窓を開けた。

「あちぃなぁ。一本吸っていい?」

オレが頷くとミルクティー色の髪をかき上げて
持っていたタバコに火をつけた。

今までに嗅いだことのないキツい香りで
オレは匂いだけで咳き込んだ。

「あー悪い。この匂いダメか?」

「何だそれ?まさかヤバいヤツ?」

「これさオヤジが吸っててさ、昔、流行ったんだって。

オヤジにもらったらオレ結構ハマっちゃって。」

ユキナリは何もなかったように普通の会話をした。

「リオ。脚痛くないか?」

「大丈夫だよ。」

それっきり二人とも黙り込んでしまった。

時間にして5分くらいだったが1時間くらいに感じた。

ユキナリが急に立ち上がって

「じゃあまた夜、様子見に来るな。」

と部屋を出て行った。

微かにユキナリが吸っていたガラムというタバコの匂いが部屋に残った。

次の風にユキナリの名残が消されると
さっきのことは夢のように思えた。




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