妖怪探偵☆雪女の雪華が参る!! 「俺の嫁になれ」と美鬼の茨木童子に迫られちゃって、私そんなの困ります! ――の巻。
第4話 狛犬わん太がお供になります。「雪華さま、ワンダフルでございますぅ」
――情報収集の他に、妖怪探偵が今の段階で出来ること、やるべきことって何かな……?
私は何かないかと考えたけど、すぐには浮かばない。
それなら飲み物でも用意しようかな。
ひと息入れたら、銀星の調べ物も一段と捗《はかど》るかも。
私は立ち上がり、数歩先のカウンターキッチンに向かう。
「銀星はお茶飲む〜?」
「うん、ありがとう。雪華が淹れてくるの?」
「もちろん。そうだ! マカロンもあったよね」
「夕飯前だけど、二人で食べちゃおっか?」
「うんうん。食べちゃおっか」
私は通い慣れたこの部屋のことなら、誰にも聞かずとも物の場所は分かってる。
改めて考えると厚かましいとは思うけど、この妖怪探偵事務所は私には自分のお家同然。
勝手が分かる、すっかり慣れた場所。
お湯を沸かして緑茶を淹れる。耐熱グラスにたくさんの氷を入れて緑茶を注ぎ淹れると、カランっと溶けた氷がいい音をさせた。
冷蔵庫から、私のママと銀星のママ手作りのマカロンを取り出す。
蜂蜜レモン味の鮮やかな黄色の丸いお菓子のマカロン。
昨日ママたちが、明日のおやつに食べなさいねって持って来てくれてたんだ。
マカロンを手作りするとはママたちやるなぁ。私も今度作ってみたい。
教えてもらおう。
妖怪探偵活動の息抜きに、銀星と二人でお菓子を作るのも楽しそうだもん。
うちのママの雪女の雪菜と、銀星のママのナナコさんはめっちゃ仲良しなんだよ。
学生時代からの大大親友の二人。
人と妖怪と、種族の垣根を越えたあたたかな友情……、素敵だよね。
そういやパパ同士も同級生だって言ってたよなぁ。
つまり私の両親と銀星の両親は、友達ってこと。分かりやすく言ったらね。
人間と妖怪は仲良く出来る。
私にも、正体は言ってないけど人間のお友達はいるよ。
もしもいつか、ふとしたはずみで雪女だって友達にバレてしまったとしても……。
例えば自分から、雪女だって事実を隠すことがイヤになって正体を明かした時、友達が怖がらずに友達でいてくれるかな?
それは私のなかに、怯えというちっちゃなモヤモヤを作ってはいた。
私は人間の友達だって大好き。
でも、ね――。
向こうはそうじゃないかも知れない。嫌われたら、どうしよう。
そういう不安をね、銀星に話すと、銀星は私をそっと壊れものにふれるみたいに抱きしめてくれる。
『――雪華には僕がいるから。ずっとずっと僕は君のそばにいるよ。だから安心して』
『……うん』
『それに、みんな雪華を嫌いになんかならないよ』
酒呑童子は鬼界最強、最凶妖怪だ。
雪女の半妖で、妖怪世界をまだまだ勉強不足の私だって知ってる超超有名妖怪だ。
暴れん坊で名前が売れている。
泣く子も黙る、誰もが縮みあがる、脅威の鬼のなかの鬼。
顔も恐ろしいが、性格もかなり荒くれ者で狂暴らしい。
らしい、らしいというのは、私はまだ鬼という存在にあったことがないんだ。
人間世界でアイドル活動をこっそりやってる天の邪鬼兄弟すら、会ったことがない。
それってね、鬼たちの世界とは一線を画しているからだと思う。
私と銀星は、妖怪でも人間により近い場所にいる。
これは私のパパと銀星のママが人間だってこともあるけど、第一は銀星のパパが稲荷神社の神様の使い、眷属というおきつね様だから。
危険な存在、黒い妖気を持つあやかしから、私と銀星を大人たちが守ってくれている。
近づかせないように、加護する結界というバリアーを町に張ってる。
だからといって、災いを運ぶあやかしをすべてを防げるわけじゃないんだって。
『分かるか? 銀星、雪華。妖力の強いモノ。狡猾邪悪《こうかつじゃあく》なモノはほつれ目や網の目をくぐってくるのじゃ。用心するのだぞ?』
銀星のパパは、あの日助けて教えてくれた。
私と銀星があやかしに拐《さら》われそうになった時のことだ。私たちはまだ小学生だった。
いまだに拐《さら》おうとしたあやかしの正体は分からない。謎の拐《かどわ》かし事件の犯人は捕まっていない。
私も銀星も犯人の顔を見ることは出来なかった。
真っ黒のお面を着けていた。赤い目玉だけがギョロリと不気味に光ってた。
小さくて今よりもっと子供だった私は、それがすごく……、すごく怖かったの。
お面を奪って正体を見れば良かったって、今では思う。
もう、13歳だもの。
あの幼くて臆病な私じゃないって。
いつか正体を突きとめて、捕まえてやる。
「銀星、ひょうたんがいくら酒呑童子の持ち物だからって、ただのひょうたんなら問題ないよね?」
「はぁ〜……。雪華、本気で言ってる? ただのひょうたん……、妖力や何の力もないひょうたんの事が、妖怪たちのニュースになると思う?」
銀星は深くため息をついていた。
「そ、そりゃあ私だって本気でそうは思ってないよ。ただ、そうだったら良いな〜って思っただけ。願望よ、願望。だって酒呑童子の大切なひょうたんなら、ひと騒動起きちゃうんじゃないかなぁ?」
「それは必至だろうね。もう騒動になっている」
「だよね〜」
私は力なくハハッと笑うと、マカロンを一口サクッと噛んでみる。
甘い優しい味わい。
ふっと鼻の奥に蜂蜜とレモンの香りが抜けてく。
その時、コンコンッてドアを叩く音がした。
「誰だろう? パパかママかな」
私が帰りが遅くなると、パパとママはよく迎えに来てくれる。
私の放課後の行き先は妖怪探偵事務所にいることが多いから「あちこち探し回らなくてもいいから助かるわ」ってママは嬉しそう。
「雪華、窓からちゃんと相手を確かめてからドアを開けて」
「はいはい、分かってますっ」
銀星ったら心配性なんだから。
私はカーテンをほんの数センチ開けそっと窓から訪問者を見ると、居たのは後ろ足で立つ狛犬だった。
「銀星、狛犬が来てるよ」
「どうしたんだろう? 父さんからの伝言かな」
狛犬は銀星パパの部下みたいなもので、私たちもよく知っている。
「あの子はわん太だよ」
「わん太か」
銀星が子ぎつねの姿のまま二足歩行で歩いてドアを開けると、狛犬のわん太はちょっと緊張した顔で立っていた。
わん太は狛犬のなかでも、ここの稲荷神社で一番若い狛犬だ。
見かけは子犬で、銀星のもふもふ狐姿より小さい。
「どうしたの? わん太。私と銀星に何か御用かしら?」
「わん太?」
「あ、ああああ、あのっ! 今日からわん太がお二人のお供になります!」
わん太は顔を真っ赤にして、嬉しそうに興奮ぎみに叫んだ。
「ワタクシめがお二人の家来になるよう、お館さまから仰せつかってまいったのですぅ。これは、雪華さま、銀星さま、まことにワンダフルなことでございますぅ」
お館さま=銀星パパの銀翔さまのことね。
稲荷神社で働く狛犬たちは、神様眷属のおきつね様である銀星パパの直属の部下なんだよね。
「……そうか」
銀星はいったんしかめっ面をしたように見えたけど、すぐにわん太に微笑んだ。
狛犬のわん太をお供にってことは、護衛や監視の意味もあるのかもしれないと、銀星は思ったのかもね。
私は大歓迎だよ。
だって――。
私は狛犬わん太を抱き上げ、思いっきりすりすりと頬を寄せた。
「ようこそ、いらっしゃい。わん太よろしくね」
「妖怪探偵の一員として頑張りますですワン」
私はニヤニヤが止まらない。
だってわん太可愛いんだもん。
もふり放題、すりすりわしゃわしゃ撫で回し放題じゃない?
いつでも可愛い狛犬といられて、抱っこ出来るって、幸せ〜。
銀星はそんな私を見ながら呆れたように笑った。
でもすぐに優しげな表情の笑顔に変わる。
親の愛情たっぷりの過保護が疎ましくなる。中学生になった私たちは、なんて贅沢な悩みを持ってしまうのだろう。
銀星はこっちにおいでと、狛犬わん太にニコッと微笑んだ。
気持ちの切り替えの早さはピカイチ。
――くよくよ考えないのが銀星のいいところ。
私はこの時はそう思っていた。
だって今まではそうだったからね。
私は何かないかと考えたけど、すぐには浮かばない。
それなら飲み物でも用意しようかな。
ひと息入れたら、銀星の調べ物も一段と捗《はかど》るかも。
私は立ち上がり、数歩先のカウンターキッチンに向かう。
「銀星はお茶飲む〜?」
「うん、ありがとう。雪華が淹れてくるの?」
「もちろん。そうだ! マカロンもあったよね」
「夕飯前だけど、二人で食べちゃおっか?」
「うんうん。食べちゃおっか」
私は通い慣れたこの部屋のことなら、誰にも聞かずとも物の場所は分かってる。
改めて考えると厚かましいとは思うけど、この妖怪探偵事務所は私には自分のお家同然。
勝手が分かる、すっかり慣れた場所。
お湯を沸かして緑茶を淹れる。耐熱グラスにたくさんの氷を入れて緑茶を注ぎ淹れると、カランっと溶けた氷がいい音をさせた。
冷蔵庫から、私のママと銀星のママ手作りのマカロンを取り出す。
蜂蜜レモン味の鮮やかな黄色の丸いお菓子のマカロン。
昨日ママたちが、明日のおやつに食べなさいねって持って来てくれてたんだ。
マカロンを手作りするとはママたちやるなぁ。私も今度作ってみたい。
教えてもらおう。
妖怪探偵活動の息抜きに、銀星と二人でお菓子を作るのも楽しそうだもん。
うちのママの雪女の雪菜と、銀星のママのナナコさんはめっちゃ仲良しなんだよ。
学生時代からの大大親友の二人。
人と妖怪と、種族の垣根を越えたあたたかな友情……、素敵だよね。
そういやパパ同士も同級生だって言ってたよなぁ。
つまり私の両親と銀星の両親は、友達ってこと。分かりやすく言ったらね。
人間と妖怪は仲良く出来る。
私にも、正体は言ってないけど人間のお友達はいるよ。
もしもいつか、ふとしたはずみで雪女だって友達にバレてしまったとしても……。
例えば自分から、雪女だって事実を隠すことがイヤになって正体を明かした時、友達が怖がらずに友達でいてくれるかな?
それは私のなかに、怯えというちっちゃなモヤモヤを作ってはいた。
私は人間の友達だって大好き。
でも、ね――。
向こうはそうじゃないかも知れない。嫌われたら、どうしよう。
そういう不安をね、銀星に話すと、銀星は私をそっと壊れものにふれるみたいに抱きしめてくれる。
『――雪華には僕がいるから。ずっとずっと僕は君のそばにいるよ。だから安心して』
『……うん』
『それに、みんな雪華を嫌いになんかならないよ』
酒呑童子は鬼界最強、最凶妖怪だ。
雪女の半妖で、妖怪世界をまだまだ勉強不足の私だって知ってる超超有名妖怪だ。
暴れん坊で名前が売れている。
泣く子も黙る、誰もが縮みあがる、脅威の鬼のなかの鬼。
顔も恐ろしいが、性格もかなり荒くれ者で狂暴らしい。
らしい、らしいというのは、私はまだ鬼という存在にあったことがないんだ。
人間世界でアイドル活動をこっそりやってる天の邪鬼兄弟すら、会ったことがない。
それってね、鬼たちの世界とは一線を画しているからだと思う。
私と銀星は、妖怪でも人間により近い場所にいる。
これは私のパパと銀星のママが人間だってこともあるけど、第一は銀星のパパが稲荷神社の神様の使い、眷属というおきつね様だから。
危険な存在、黒い妖気を持つあやかしから、私と銀星を大人たちが守ってくれている。
近づかせないように、加護する結界というバリアーを町に張ってる。
だからといって、災いを運ぶあやかしをすべてを防げるわけじゃないんだって。
『分かるか? 銀星、雪華。妖力の強いモノ。狡猾邪悪《こうかつじゃあく》なモノはほつれ目や網の目をくぐってくるのじゃ。用心するのだぞ?』
銀星のパパは、あの日助けて教えてくれた。
私と銀星があやかしに拐《さら》われそうになった時のことだ。私たちはまだ小学生だった。
いまだに拐《さら》おうとしたあやかしの正体は分からない。謎の拐《かどわ》かし事件の犯人は捕まっていない。
私も銀星も犯人の顔を見ることは出来なかった。
真っ黒のお面を着けていた。赤い目玉だけがギョロリと不気味に光ってた。
小さくて今よりもっと子供だった私は、それがすごく……、すごく怖かったの。
お面を奪って正体を見れば良かったって、今では思う。
もう、13歳だもの。
あの幼くて臆病な私じゃないって。
いつか正体を突きとめて、捕まえてやる。
「銀星、ひょうたんがいくら酒呑童子の持ち物だからって、ただのひょうたんなら問題ないよね?」
「はぁ〜……。雪華、本気で言ってる? ただのひょうたん……、妖力や何の力もないひょうたんの事が、妖怪たちのニュースになると思う?」
銀星は深くため息をついていた。
「そ、そりゃあ私だって本気でそうは思ってないよ。ただ、そうだったら良いな〜って思っただけ。願望よ、願望。だって酒呑童子の大切なひょうたんなら、ひと騒動起きちゃうんじゃないかなぁ?」
「それは必至だろうね。もう騒動になっている」
「だよね〜」
私は力なくハハッと笑うと、マカロンを一口サクッと噛んでみる。
甘い優しい味わい。
ふっと鼻の奥に蜂蜜とレモンの香りが抜けてく。
その時、コンコンッてドアを叩く音がした。
「誰だろう? パパかママかな」
私が帰りが遅くなると、パパとママはよく迎えに来てくれる。
私の放課後の行き先は妖怪探偵事務所にいることが多いから「あちこち探し回らなくてもいいから助かるわ」ってママは嬉しそう。
「雪華、窓からちゃんと相手を確かめてからドアを開けて」
「はいはい、分かってますっ」
銀星ったら心配性なんだから。
私はカーテンをほんの数センチ開けそっと窓から訪問者を見ると、居たのは後ろ足で立つ狛犬だった。
「銀星、狛犬が来てるよ」
「どうしたんだろう? 父さんからの伝言かな」
狛犬は銀星パパの部下みたいなもので、私たちもよく知っている。
「あの子はわん太だよ」
「わん太か」
銀星が子ぎつねの姿のまま二足歩行で歩いてドアを開けると、狛犬のわん太はちょっと緊張した顔で立っていた。
わん太は狛犬のなかでも、ここの稲荷神社で一番若い狛犬だ。
見かけは子犬で、銀星のもふもふ狐姿より小さい。
「どうしたの? わん太。私と銀星に何か御用かしら?」
「わん太?」
「あ、ああああ、あのっ! 今日からわん太がお二人のお供になります!」
わん太は顔を真っ赤にして、嬉しそうに興奮ぎみに叫んだ。
「ワタクシめがお二人の家来になるよう、お館さまから仰せつかってまいったのですぅ。これは、雪華さま、銀星さま、まことにワンダフルなことでございますぅ」
お館さま=銀星パパの銀翔さまのことね。
稲荷神社で働く狛犬たちは、神様眷属のおきつね様である銀星パパの直属の部下なんだよね。
「……そうか」
銀星はいったんしかめっ面をしたように見えたけど、すぐにわん太に微笑んだ。
狛犬のわん太をお供にってことは、護衛や監視の意味もあるのかもしれないと、銀星は思ったのかもね。
私は大歓迎だよ。
だって――。
私は狛犬わん太を抱き上げ、思いっきりすりすりと頬を寄せた。
「ようこそ、いらっしゃい。わん太よろしくね」
「妖怪探偵の一員として頑張りますですワン」
私はニヤニヤが止まらない。
だってわん太可愛いんだもん。
もふり放題、すりすりわしゃわしゃ撫で回し放題じゃない?
いつでも可愛い狛犬といられて、抱っこ出来るって、幸せ〜。
銀星はそんな私を見ながら呆れたように笑った。
でもすぐに優しげな表情の笑顔に変わる。
親の愛情たっぷりの過保護が疎ましくなる。中学生になった私たちは、なんて贅沢な悩みを持ってしまうのだろう。
銀星はこっちにおいでと、狛犬わん太にニコッと微笑んだ。
気持ちの切り替えの早さはピカイチ。
――くよくよ考えないのが銀星のいいところ。
私はこの時はそう思っていた。
だって今まではそうだったからね。