妖怪探偵☆雪女の雪華が参る!! 「俺の嫁になれ」と美鬼の茨木童子に迫られちゃって、私そんなの困ります! ――の巻。

第5話 突然迫られて困るんです

 狛犬のわん太が、妖怪探偵の仲間に加わった次の日。
 私と銀星は学校の授業が終わって放課後になったら、鬼族ゆかりの岩蔵《いわくら》に行くことにしていた。
 私たちの住む風森町には海と山があり、岩蔵《いわくら》とは海沿いの岸壁にある洞穴で、昔から鬼伝説のある場所だった。
 岩蔵は鬼の棲家《すみか》。
 ……今も住んでいるかもしれない。
 直接鬼に会うのは怖いけれど、ひょうたん探しは、あの小河童を探す手がかりにもなると思うんだ。
 私のことを小河童が誰に報告したのか、銀星はすごく気にしているみたいだった。
 私が狙われるんじゃないかって心配してくれてるんだよね。

 私は朝から授業中も、ずっと小河童のこと、ひょうたんのことばかり考えていた。
 ちょっとぼんやりうっかりしていたみたい。
 音楽室への授業の移動だったのに、音楽の教科書を教室に忘れてる!

「雪華、どしたの〜?」
「えへっ、いけない、教科書忘れちゃってた。ゴメン、絵麻《えま》ちゃん。先に行ってて」

 私は隣りを歩く友達の冴草絵麻《さえぐさえま》ちゃんに、拝むポーズをする。

「雪華ちゃん、一緒に行こうか?」
「大丈夫、大丈夫」
「私、ここで待ってるよ」
「チャイムが鳴っちゃうから、絵麻ちゃんは音楽室に行ってて」
「そぉ?」

 絵麻ちゃんは優しいな。
 私は廊下を慌てて早足で戻ると、急に視界が陰った気がした。
 廊下には生徒も先生も誰もいない。
 人っ子一人いないの。
 そしたら、なぜか自分の教室が分からなくなる。
 私は極度の方向音痴ってわけでもないし、中学二年生でずっと通ってるこの学校のことはもう隅から隅まで知っている。
 探検好きな性格もあって、銀星と二人で学校に妖怪がいないか、時々見回っていたもん。
 入りたての中学一年生ならまだしも、私は教室を間違えたりしない。

「ねぇ、大丈夫?」
「――キャッ!」

 急に後ろから声を掛けられ、ビクッと肩が上がる。
 振り向くと、三年生の先輩がニコニコと立っていた。
 あれ、この人って。

「迷子かな? 俺が送ってってあげるよ。俺の名前は茨木隼人《いばらきはやと》。君は何年何組? 名前は?」
「先輩って生徒会長ですよね? 私は……」

 なんだかこの人、甘ったるい声だ。
 普段全校生徒の前で話している凛とした声とは別人みたい。
 茨木先輩は、女子生徒に「イケメン王子」「美少年」って騒がれてて、ファンクラブまである。
 アイドルばりの人気だった。
 私はクラスの女子たちみたいには、全然茨木先輩には興味がなくって。
 日頃の謎や妖怪や黒妖に夢中だったから。
 私は妖怪探偵事務所に来る依頼が楽しみで、男子や恋愛の噂話に関心がなかった。
 だけど、ふいに茨木先輩が距離を詰めてくる。
 なんか近いんですけど。

「だ、大丈夫です!」
「遠慮しないで。君、可愛いね」

 ――はっ?
 軽いノリで「可愛いね」とか言ってくる男子は苦手だ。
 私はお辞儀を軽くして「迷子なんかじゃありませんからっ! ご親切にどうも」ってまくしたてて言うと、急に腕を掴まれた。
 茨木先輩の顔が迫って来る。
 美しい瞳――、どこか妖艶ささえ漂う茨木先輩に見つめられると、私はふわふわとして身体の力が抜ける、

「君の手、冷たいね。まるで人間じゃないみたいだよ、佐藤雪華さん」
「わわわ、私、名前を言いましたっけ?」
「そのノートに名前が書いてある。雪華さん、良かったら俺と付き合わない?」
「えっ、えっ? え――っ!?」

 は、初めてだっ!
 私は初めて男子から告白されている。
 こんな、ほとんどお喋りしたこともない人に。
 でも、茨木先輩の真剣な顔つきで迫られるとぽーっとしてくる。

「俺、君に一目惚れしちゃったみたいだ。雪華さん」
「困ります。困るんです」

 顔がくっつきそうなぐらいに茨木先輩に迫られて、ちょっとだけドキンッとしてしまう。
 どんっと茨木先輩の胸を両手で押して突き飛ばせばいい。
 なんなら私の雪女の妖力で吹雪を出して……はマズくとも、さりげなく風を起こして茨木先輩を吹き飛ばすことも出来る。

「君が俺の彼女になってくれたら、どんな望みだって叶えられる気がする」
「それってどうゆう意味……ですか?」
「雪華さん、君がいれば百人力。俺の力は何倍にもなりそうだってこと」

 茨木先輩の手を振り払えない。
 頭がぼんやりする。
 片隅には教科書を取りに行って早く音楽室に行かなくちゃ、授業が始まってしまうって分かっているのに。
 茨木先輩に両肩を掴まれていて、顔がさらに近づく。
 キス……。
 私、茨木先輩にキスでもされてしまいそう。
 茨木先輩の瞳の奥が紅く焔を灯している様に見える。
 ぼーっとして、ドキドキしてくる。
 ゆ、湯気が上がりそう? だめ、シューッて蒸気が出ちゃうかも。
 雪女の私は、こんなにドキドキさせられたら熱さで溶けちゃう、体が蕩《とろ》けちゃう。

「どう? 雪華さん。俺の彼女になってみる?」
「彼女……」

 その時――!
 ズザザザザーっと、私と茨木先輩の間に誰かが滑りこんできた。
 その人はベリッと剥がすように私たち二人の体を引き離した。

「雪華はあなたとは付き合いませんっ! 雪華、しっかりしてよ」
「ぎ、銀星?」
「音楽の授業始まっちゃうよ。冴草さんから雪華が来ないって聞いたんだ」
「誰だ君。彼氏ではないだろう?」
「彼氏じゃなくとも、雪華を大切に思っていますから。――さっ、雪華行こう」

 私は銀星に手を引っ張られて、廊下を進む。
 後ろを振り返ると、茨木先輩はウインクをして微笑んだ。いたずらな笑顔が一瞬揺らめいて見えた。
 気のせい……?

「雪華さん、また会おう。俺は本気だ。君が好きだ。こんなんで諦めたわけじゃないからな」

 茨木先輩の声は廊下中を木霊して、反響した。
 その甘い声に私の胸がざわざわと騒いだ。
 ふと斜めにズカズカと歩く銀星が真っ赤な顔をして、すっごく怒っているのが分かった。
 手をぎゅうっと力強く握られて痛いぐらいだった。
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