叔父一家に家を乗っ取られそうなので、今すぐ結婚したいんです!
「パーティー?」
ラルフから受け取った招待状を手に、オーレリアはきょとんとした。
サンプソン公爵家が、三日後にパーティーを開くらしい。
サンプソン公爵家のパーティーは、王都の邸で開かれたものには参加したことがあるけれど、領地の邸で開かれるのは珍しかった。まったくないわけではないが、せいぜい領主や夫人、クリスやギルバートの誕生日パーティーくらいで、何もないときに開かれたことは記憶にある限り一度もない。
だが、これはギルバートを狙うオーレリアにとってまたとないチャンスだった。ここで着飾ってギルバートにアピールするのだ。運よくいい雰囲気になれたら、迷っている暇はない、すぐさま求婚するのである。当たって砕けろ。オーレリアには時間がないのだ。
「クリスがぜひオーレリアもって。ほら……少しは気晴らしになるだろうからってさ」
気落ちしているオーレリアを誘うのは気が引けるのか、ラルフが申し訳なさそうな表情を浮かべている。
オーレリアは顔をあげて、大きく頷いた。
「行くわ」
「よかった」
ラルフがホッと胸をなでおろす。
オーレリア一人だと心細いが、ラルフが一緒に行ってくれるらしいから、きっと大丈夫だ。この機会を有効活用して、叔父にこの家の相続権が移る前に、何としても結婚するのである。
「ありがとう、ラルフ。このパーティーで結婚相手を探すわ」
ギルバートに玉砕しても、パーティーにはほかにも大勢の男性がいるはずだ。なりふりはかまっていられない。頑張ればきっと誰かが振り向いてくれるはず。
「お……おぅ……」
ラルフが微妙な表情で、返事なのか相槌なのかわからない返事をした。
けれどもラルフに応援されていると認識したオーレリアは力強く首を振った。
「頑張るわ!」
そうしてドーラとともに二階の自室へ向かって、当日に着るドレスの物色をはじめる。
――残されたラルフががっくりとうなだれていたことに、オーレリアは気が付かなかった。
そして迎えたパーティー当日。
本音を言えば、華やかなパーティーはまだ気持ち的に落ち着かない。
どんなに素敵な音楽を聴いても、楽しそうな笑い声を聞いても、ふとした瞬間によぎるのは失った家族のことばかりで、この場をどこか俯瞰して見てしまう自分がいた。
ラルフが迎えに来てくれて、オーレリアは彼の馬車でサンプソン公爵家へ向かう。
領地のサンプソン公爵邸は、王都にある華美な邸とは趣が異なり、落ち着いた品のあるたたずまいだ。そして、これまたとても広い。馬車で玄関前まで乗り付けると、公爵家の使用人がパーティーホールまで案内してくれた。
パーティー会場に入ると、すでに大勢の招待客が集まっていた。
みな、広いサンプソン公爵領で代官をしている家やその親族ばかりだ。ヴァビロア国の中で一番大きい領地を持つサンプソン公爵家は、たくさんの代官を抱えている。
「やあ、いらっしゃい」
ラルフとともに会場に入ってすぐに渡されたスパークリングワインを飲んでいると、とびきり整った容姿の二人が近づいてきた。サンプソン家の兄弟、クリス・サンプソンとギルバート・サンプソンである。
ともに金髪にエメラルドのような美しい緑色をした瞳の兄弟は、顔立ちは似通っているものの、雰囲気はまったく違う。
長男のクリスは明るく、悪戯っ子がそのまま大きくなったような雰囲気。対してギルバートは、物静かで穏やかな雰囲気だ。
「本日はお招きいただきありがとうございます」
オーレリアがそう言ってドレスの裾をつまんで一礼すると、クリスが「そんなにかしこまらなくていいよ」と笑う。
笑顔の兄に対して、ギルバートはオーレリアの顔を心配そうにのぞき込んだ。
「オーレリア、大丈夫?」
家族を失ったオーレリアを気遣ってくれているのだろう。葬儀の時に顔を出してくれたギルバートは、茫然自失の状態だったオーレリアを知っている。クリスも葬儀に参列してくれたけれど、忙しい彼は葬儀が終わるとともに慌ただしく帰って行った。ギルバートはラルフとともに夜が来るまでずっとオーレリアのそばにいて、泣くことしかできなかったオーレリアに寄り添い続けてくれたのだ。
「大丈夫です、ギルバート様」
自然に笑えるように、この日のために笑顔の特訓をした。オーレリアが特訓の成果を披露すると、ギルバートは薄く微笑み返してくれる。
「よかった」
ギルバートは優しい。昔からずっと。口数は少ないけれど、人の心の機微に敏感な彼は、オーレリアが落ち込んでいるときは何も聞かずにそばに寄り添ってくれる。幼馴染と言うほど気安い関係ではないけれど、彼の隣は居心地がよかった。
(……うう、緊張してきた)
オーレリアはそんなギルバートに、結婚を申し込みに来たのである。
ギルバートは優しいけれど、優しいだけで求婚を受け入れてくれるのならば、彼はとっくに婚約なり結婚なりをしているはずだ。
今日はギルバートにアピールするために、頑張ってめかし込んできた。オーレリアが着ているクリーム色のこのドレスは、オーレリアが持っているドレスの中で一番高価で品のいいデザインのものだ。赤みがかった金髪も、サンゴの髪飾りで飾っている。この髪飾りは父がオーレリアが社交界デビューした時に買ってくれたものだ。サンゴはヴァビロア国では採れず、すべて輸入になるためとても高いのに、奮発してくれたのである。
(いきなり求婚するのはダメよね? どうしよう……、何かチャンスはないかしら?)
こんな人目の多い場所で求婚はできない。二人きりになれるチャンスはないだろうか。
「オーレリア、せっかくだから一曲くらい踊ってきたらいいよ。気晴らしにもなるだろう?」
クリスがそう言ってダンスホールを指さした。公爵家お抱えの楽師たちが奏でるワルツに乗って、男女数組がダンスを踊っている。
そうか、ダンスならば話すチャンスもあるかもしれない。
女性からダンスに誘うのはちょっと恥ずかしいけれど、四の五の言っていられる状況ではないので、オーレリアがギルバートを誘おうと顔をあげた。しかし。
「オーレリア、行くぞ」
ラルフに手を引かれて、オーレリアはびっくりした。
「え?」
「えって、ダンスだよ。踊ろう」
そのままぐいぐいダンスホールまで引っ張られて行く。
(ええええええ――――――!)
せっかくのチャンスだったのに、ギルバートが遠くなっていく。
ギルバートが苦笑しながらもひらひらと手を振っているのを見て、オーレリアはぷくっと頬を膨らませた。
(もう! ラルフったら、協力してくれるんじゃなかったの⁉)
ラルフと踊ったって意味がないではないか。何のためにここに来たと思っているのか。
文句の一つでも言ってやろうと顔をあげると、思いがけずラルフが優しい表情を浮かべていてドキリとしてしまった。
ラルフが優しいのは知っているが、今日の彼の表情は、なんだかいつもと違う気がする。
曲に乗って、ラルフとともにステップを踏む。
ラルフの片方の手がオーレリアの腰に回されて、もう片方のつないだ手からは彼のオーレリアよりも少し高い体温が伝わってくる。
近い距離。伝わってくる体温。ともすれば鼓動すらもわかりそうで、オーレリアは不覚にもどきどきして来た。
抱きついて泣くのとは違う、独特の距離。
背が高く、肩幅も広い彼に、小柄なオーレリアはすっぽりと包み込まれてしまいそうだ。
ターンして少し離れて、またぐっと近づく。
ラルフの綺麗な青い瞳は、オーレリアから片時も離されない。
「か……髪、切った?」
黙っているのも気まずくてオーレリアは訊ねた。
「前髪が伸びていたから、揃える程度にな」
「そう……に、似合っているわ」
「いつもとたいして変わんないだろ」
あはは、とラルフが小さく笑う。
距離が近いから、笑い声が直に鼓膜に響いてくるようだ。
「オーレリアも、今日のその髪型、よく似合っているよ」
思えば、社交界デビューしてからラルフとパーティーに出席するのはこれがはじめてだった。子供のころにクリスやギルバートの誕生日パーティーに出席したことはあったけれど、その時はオーレリアは髪を結い上げたりはしなかった。
普段も背中まである髪を下ろしたまま。ラルフに髪を結い上げたところを見せるのは、今日がはじめてではなかろうか。
(でもラルフって、そんなことを言う人だった⁉)
髪型を似合っていると褒められたのははじめてだ。
どうしよう、鼓動がうるさい。
相手はラルフなのに、どうしてこんなにどきどきするのだろう。
(お、お兄様以外と滅多にダンスをしなかったから、きっとそのせいよ!)
きっとオーレリアは、異性とダンスすることに免疫がないのだ。気づいてよかった。きっとギルバートだったらラルフ以上にどきどきして、ダンスどころではなかったかもしれない。
「で、お前、婚活の方はその……うまくいきそうなのか?」
ラルフが小声で訊ねてくる。
オーレリアは「婚活」の一言に、ハッと現実に戻った。
そうだ、婚活だ。ラルフにどきどきして目的を忘れてはいけない。
「それなんだけどね……ええっと、ダメもとでギルバート様に求婚してみようかなって」
「は⁉」
ラルフが突然大声を出して、周囲の注目を集めたとわかると一転して小声になって続けた。
「ちょっと待て、ギルバート様?」
「う、うん。どうかな? やっぱり無謀だと思う? ……でも、ほかにいい人思いつかなくて。ギルバート様ならよく知っているし、優しいから、結婚出来たらいいなあと思うんだけど」
「そ……そうなのか?」
「だって、ギルバート様はサンプソン家のご子息だから、彼が相手なら絶対に家を追い出されたりしないでしょ?」
ただ問題は、ギルバート様が求婚に応じてくれるかどうかなのだと言えば、ラルフが目を見開いたまま固まってしまった。ステップも遅れて、オーレリアが慌てて「ラルフ!」と声を上げると、彼はくるりとオーレリアをターンさせることで誤魔化した。
けれども、どういうわけか、それっきりむっつり黙り込んでしまって、一曲終わると、オーレリアを壁際に一人残して、クリスを探してどこかへ駆けて行ってしまう。
(……どうしたのかしら、あれ)
何か急用でもあったのだろうか。
オーレリアはきょとんとしながら、ドリンクを飲みながらラルフが戻ってくるのを待つことにしたのだった。
ラルフから受け取った招待状を手に、オーレリアはきょとんとした。
サンプソン公爵家が、三日後にパーティーを開くらしい。
サンプソン公爵家のパーティーは、王都の邸で開かれたものには参加したことがあるけれど、領地の邸で開かれるのは珍しかった。まったくないわけではないが、せいぜい領主や夫人、クリスやギルバートの誕生日パーティーくらいで、何もないときに開かれたことは記憶にある限り一度もない。
だが、これはギルバートを狙うオーレリアにとってまたとないチャンスだった。ここで着飾ってギルバートにアピールするのだ。運よくいい雰囲気になれたら、迷っている暇はない、すぐさま求婚するのである。当たって砕けろ。オーレリアには時間がないのだ。
「クリスがぜひオーレリアもって。ほら……少しは気晴らしになるだろうからってさ」
気落ちしているオーレリアを誘うのは気が引けるのか、ラルフが申し訳なさそうな表情を浮かべている。
オーレリアは顔をあげて、大きく頷いた。
「行くわ」
「よかった」
ラルフがホッと胸をなでおろす。
オーレリア一人だと心細いが、ラルフが一緒に行ってくれるらしいから、きっと大丈夫だ。この機会を有効活用して、叔父にこの家の相続権が移る前に、何としても結婚するのである。
「ありがとう、ラルフ。このパーティーで結婚相手を探すわ」
ギルバートに玉砕しても、パーティーにはほかにも大勢の男性がいるはずだ。なりふりはかまっていられない。頑張ればきっと誰かが振り向いてくれるはず。
「お……おぅ……」
ラルフが微妙な表情で、返事なのか相槌なのかわからない返事をした。
けれどもラルフに応援されていると認識したオーレリアは力強く首を振った。
「頑張るわ!」
そうしてドーラとともに二階の自室へ向かって、当日に着るドレスの物色をはじめる。
――残されたラルフががっくりとうなだれていたことに、オーレリアは気が付かなかった。
そして迎えたパーティー当日。
本音を言えば、華やかなパーティーはまだ気持ち的に落ち着かない。
どんなに素敵な音楽を聴いても、楽しそうな笑い声を聞いても、ふとした瞬間によぎるのは失った家族のことばかりで、この場をどこか俯瞰して見てしまう自分がいた。
ラルフが迎えに来てくれて、オーレリアは彼の馬車でサンプソン公爵家へ向かう。
領地のサンプソン公爵邸は、王都にある華美な邸とは趣が異なり、落ち着いた品のあるたたずまいだ。そして、これまたとても広い。馬車で玄関前まで乗り付けると、公爵家の使用人がパーティーホールまで案内してくれた。
パーティー会場に入ると、すでに大勢の招待客が集まっていた。
みな、広いサンプソン公爵領で代官をしている家やその親族ばかりだ。ヴァビロア国の中で一番大きい領地を持つサンプソン公爵家は、たくさんの代官を抱えている。
「やあ、いらっしゃい」
ラルフとともに会場に入ってすぐに渡されたスパークリングワインを飲んでいると、とびきり整った容姿の二人が近づいてきた。サンプソン家の兄弟、クリス・サンプソンとギルバート・サンプソンである。
ともに金髪にエメラルドのような美しい緑色をした瞳の兄弟は、顔立ちは似通っているものの、雰囲気はまったく違う。
長男のクリスは明るく、悪戯っ子がそのまま大きくなったような雰囲気。対してギルバートは、物静かで穏やかな雰囲気だ。
「本日はお招きいただきありがとうございます」
オーレリアがそう言ってドレスの裾をつまんで一礼すると、クリスが「そんなにかしこまらなくていいよ」と笑う。
笑顔の兄に対して、ギルバートはオーレリアの顔を心配そうにのぞき込んだ。
「オーレリア、大丈夫?」
家族を失ったオーレリアを気遣ってくれているのだろう。葬儀の時に顔を出してくれたギルバートは、茫然自失の状態だったオーレリアを知っている。クリスも葬儀に参列してくれたけれど、忙しい彼は葬儀が終わるとともに慌ただしく帰って行った。ギルバートはラルフとともに夜が来るまでずっとオーレリアのそばにいて、泣くことしかできなかったオーレリアに寄り添い続けてくれたのだ。
「大丈夫です、ギルバート様」
自然に笑えるように、この日のために笑顔の特訓をした。オーレリアが特訓の成果を披露すると、ギルバートは薄く微笑み返してくれる。
「よかった」
ギルバートは優しい。昔からずっと。口数は少ないけれど、人の心の機微に敏感な彼は、オーレリアが落ち込んでいるときは何も聞かずにそばに寄り添ってくれる。幼馴染と言うほど気安い関係ではないけれど、彼の隣は居心地がよかった。
(……うう、緊張してきた)
オーレリアはそんなギルバートに、結婚を申し込みに来たのである。
ギルバートは優しいけれど、優しいだけで求婚を受け入れてくれるのならば、彼はとっくに婚約なり結婚なりをしているはずだ。
今日はギルバートにアピールするために、頑張ってめかし込んできた。オーレリアが着ているクリーム色のこのドレスは、オーレリアが持っているドレスの中で一番高価で品のいいデザインのものだ。赤みがかった金髪も、サンゴの髪飾りで飾っている。この髪飾りは父がオーレリアが社交界デビューした時に買ってくれたものだ。サンゴはヴァビロア国では採れず、すべて輸入になるためとても高いのに、奮発してくれたのである。
(いきなり求婚するのはダメよね? どうしよう……、何かチャンスはないかしら?)
こんな人目の多い場所で求婚はできない。二人きりになれるチャンスはないだろうか。
「オーレリア、せっかくだから一曲くらい踊ってきたらいいよ。気晴らしにもなるだろう?」
クリスがそう言ってダンスホールを指さした。公爵家お抱えの楽師たちが奏でるワルツに乗って、男女数組がダンスを踊っている。
そうか、ダンスならば話すチャンスもあるかもしれない。
女性からダンスに誘うのはちょっと恥ずかしいけれど、四の五の言っていられる状況ではないので、オーレリアがギルバートを誘おうと顔をあげた。しかし。
「オーレリア、行くぞ」
ラルフに手を引かれて、オーレリアはびっくりした。
「え?」
「えって、ダンスだよ。踊ろう」
そのままぐいぐいダンスホールまで引っ張られて行く。
(ええええええ――――――!)
せっかくのチャンスだったのに、ギルバートが遠くなっていく。
ギルバートが苦笑しながらもひらひらと手を振っているのを見て、オーレリアはぷくっと頬を膨らませた。
(もう! ラルフったら、協力してくれるんじゃなかったの⁉)
ラルフと踊ったって意味がないではないか。何のためにここに来たと思っているのか。
文句の一つでも言ってやろうと顔をあげると、思いがけずラルフが優しい表情を浮かべていてドキリとしてしまった。
ラルフが優しいのは知っているが、今日の彼の表情は、なんだかいつもと違う気がする。
曲に乗って、ラルフとともにステップを踏む。
ラルフの片方の手がオーレリアの腰に回されて、もう片方のつないだ手からは彼のオーレリアよりも少し高い体温が伝わってくる。
近い距離。伝わってくる体温。ともすれば鼓動すらもわかりそうで、オーレリアは不覚にもどきどきして来た。
抱きついて泣くのとは違う、独特の距離。
背が高く、肩幅も広い彼に、小柄なオーレリアはすっぽりと包み込まれてしまいそうだ。
ターンして少し離れて、またぐっと近づく。
ラルフの綺麗な青い瞳は、オーレリアから片時も離されない。
「か……髪、切った?」
黙っているのも気まずくてオーレリアは訊ねた。
「前髪が伸びていたから、揃える程度にな」
「そう……に、似合っているわ」
「いつもとたいして変わんないだろ」
あはは、とラルフが小さく笑う。
距離が近いから、笑い声が直に鼓膜に響いてくるようだ。
「オーレリアも、今日のその髪型、よく似合っているよ」
思えば、社交界デビューしてからラルフとパーティーに出席するのはこれがはじめてだった。子供のころにクリスやギルバートの誕生日パーティーに出席したことはあったけれど、その時はオーレリアは髪を結い上げたりはしなかった。
普段も背中まである髪を下ろしたまま。ラルフに髪を結い上げたところを見せるのは、今日がはじめてではなかろうか。
(でもラルフって、そんなことを言う人だった⁉)
髪型を似合っていると褒められたのははじめてだ。
どうしよう、鼓動がうるさい。
相手はラルフなのに、どうしてこんなにどきどきするのだろう。
(お、お兄様以外と滅多にダンスをしなかったから、きっとそのせいよ!)
きっとオーレリアは、異性とダンスすることに免疫がないのだ。気づいてよかった。きっとギルバートだったらラルフ以上にどきどきして、ダンスどころではなかったかもしれない。
「で、お前、婚活の方はその……うまくいきそうなのか?」
ラルフが小声で訊ねてくる。
オーレリアは「婚活」の一言に、ハッと現実に戻った。
そうだ、婚活だ。ラルフにどきどきして目的を忘れてはいけない。
「それなんだけどね……ええっと、ダメもとでギルバート様に求婚してみようかなって」
「は⁉」
ラルフが突然大声を出して、周囲の注目を集めたとわかると一転して小声になって続けた。
「ちょっと待て、ギルバート様?」
「う、うん。どうかな? やっぱり無謀だと思う? ……でも、ほかにいい人思いつかなくて。ギルバート様ならよく知っているし、優しいから、結婚出来たらいいなあと思うんだけど」
「そ……そうなのか?」
「だって、ギルバート様はサンプソン家のご子息だから、彼が相手なら絶対に家を追い出されたりしないでしょ?」
ただ問題は、ギルバート様が求婚に応じてくれるかどうかなのだと言えば、ラルフが目を見開いたまま固まってしまった。ステップも遅れて、オーレリアが慌てて「ラルフ!」と声を上げると、彼はくるりとオーレリアをターンさせることで誤魔化した。
けれども、どういうわけか、それっきりむっつり黙り込んでしまって、一曲終わると、オーレリアを壁際に一人残して、クリスを探してどこかへ駆けて行ってしまう。
(……どうしたのかしら、あれ)
何か急用でもあったのだろうか。
オーレリアはきょとんとしながら、ドリンクを飲みながらラルフが戻ってくるのを待つことにしたのだった。