この度、筋肉バカ王子の教育係に任命されました
昨日はとんだ目にあった。
社交性の勉強を兼ねて女官長とお茶を飲みつつ会話の練習をしているシャーロットだが、昨夜の一件が頭から離れずにうわの空で、何度も叱責をされる羽目となった。
「今日のあなたは集中力がたりませんよ!」
とうとう女官長から授業のストップを言い渡されて、シャーロットはしょんぼりとうなだれる。
女官長は優雅にティーカップを傾けながら、あまりに様子のおかしいシャーロットに眉をひそめた。
「いったいどうなさったと言うのですか。何か悩み事があるならお聞きしますよ」
「悩みというわけではないんですけど……」
シャーロットは迷ったが、正直に昨日のことを女官長に打ち明けた。すると彼女は、見る見るうちに険しい表情になって、ガチャンとティーカップをおいた。
「何てこと! 陛下はまたろくでもないことを思いつかれたようですね! 安心なさい。わたくしが何とかいたします」
「え?」
「まったく、閨の教育など……、女性を馬鹿にしているとしか思えません!」
シャーロットはまさか女官長が怒るとは思わなかったので、目を白黒させて彼女が憤然と部屋を出ていくのを見送った。
「シャーロット様のおかげで今日は面白いものが見れましたわ」
昼過ぎ。
昨日の雪は積もることなく、今日は朝から晴れていた。アレックスは昼食後に庭を走ってくると言って部屋を出て行って、シャーロットはこれで落ち着いて本が読めると意気揚々と暖炉のそばまで揺り椅子を引っ張って行って腰を下ろしたが、ヨハナが紅茶をいれながら楽しそうにそんなことを言い出したから、シャーロットは首をひねって顔を上げた。
「面白いもの?」
「ええ」
ヨハナはその「面白いもの」を思い出したのかくすくすと笑いだした。
「シャーロット様、女官長に殿下の例の件をお話になられましたでしょう?」
「うん」
「ふふふ。実は例の件は女官長には知らされていなかったのですわ。耳に入れたら怒るのは目に見えていましたから、誰もお伝えしていなかったのです」
「そうなの!?」
シャーロットは「しまった!」という顔をしたが、ヨハナは笑いながら続けた。
「女官長はシャーロット様のお話を聞き、すぐに第三妃様のお部屋に向かいました。第三妃様も今回の件は寝耳に水だったらしくて、それはそれはお怒りに――」
あのおっとりと優しそうな第三妃が怒った?
シャーロットには想像できなかったが、ちょうど第三妃に呼ばれていたヨハナはそれを近くで見ていたらしい。
ヨハナ曰く、息子にそんないかがわしい教育を施そうとした国王に腹を立てた第三妃は、生まれたての第四王子リュディアンに会いに来た王を部屋から叩き出したらしい。閨の教育をやめさせない限りリュディアンには一切合わさないと妃に脅されて、王は真っ青になってカミラ夫人をアレックスの教育係から解いたのだとか。
「そうそう、第三妃様からシャーロット様に、心労をかけたお詫びとしてお菓子をいただきましたわ」
ヨハナにチョコレートの入った箱を差し出されて、シャーロットはその箱の表に「何かあったらいつでも相談してちょうだいね」と妃の手で書かれたメッセージを見つけた。
なるほど、はじめから第三妃に相談していれば、あっさり解決できていたようだ。シャーロットが今度から真っ先に第三妃に相談しようと心に決めて、チョコレートの箱を開けた、そのとき。
こんこん、と部屋の扉が叩かれて、シャーロットは顔を上げ、ヨハナが開けた扉の奥にいる女性にぴしっと凍り付いた。
「か、カミラ夫人!?」
第三妃のおかげで、アレックスの教育係から解任されたはずのカミラ夫人が立っていたのである。
夫人はシャーロットの顔を見つけるとにっこりとそれはそれは極上の笑みを浮かべた。
入室の許可は出していないのに当然のように部屋に入ってきて、シャーロットが手に持っていた箱の中からチョコレートを一つ奪っていく。
「あなたのせいで仕事がなくなったわ。どうしてくれるの?」
カミラ夫人はソファに腰を下ろすと、奪い取ったチョコレートを口に入れた。
「べ、べつにわたしのせいじゃ……」
シャーロットは女官長に告げ口したかもしれないが、カミラ夫人の職を奪ったのはシャーロットではない。
「あら、あなたが余計な告げ口をしたからでしょう? もちろん、責任は取ってくれるのよね?」
「せ、責任……?」
カミラ夫人はきらりと瞳を輝かせると、きれいに整えられた爪の先で、つん、とシャーロットの頬をつついた。
「あなた、頭はいいそうだけど、次期王妃になるのであれば、もう少しお淑やかさを身につけないとだめね」
「ぐ……」
「昨日みたいに『ぎゃあ』なんて……、ねえ?」
「う……」
「だからわたくし、陛下にお願いしたのよ。殿下の教育係がだめなら、シャーロットさんの教育係にしてくださらない? って」
「……はい?」
「うふふ。あなた、面白そうだもの。覚悟していてね。これからびしばし、お淑やかさが何なのかを教えて差し上げるわ」
シャーロットの顔からさーっと血の気が引いた。
助けを求めるようにヨハナを振り返ると、彼女は小さく合掌をしている。
「陛下の、あほ―――!」
シャーロットは不敬罪も何のそので、頭を抱えて絶叫した。
社交性の勉強を兼ねて女官長とお茶を飲みつつ会話の練習をしているシャーロットだが、昨夜の一件が頭から離れずにうわの空で、何度も叱責をされる羽目となった。
「今日のあなたは集中力がたりませんよ!」
とうとう女官長から授業のストップを言い渡されて、シャーロットはしょんぼりとうなだれる。
女官長は優雅にティーカップを傾けながら、あまりに様子のおかしいシャーロットに眉をひそめた。
「いったいどうなさったと言うのですか。何か悩み事があるならお聞きしますよ」
「悩みというわけではないんですけど……」
シャーロットは迷ったが、正直に昨日のことを女官長に打ち明けた。すると彼女は、見る見るうちに険しい表情になって、ガチャンとティーカップをおいた。
「何てこと! 陛下はまたろくでもないことを思いつかれたようですね! 安心なさい。わたくしが何とかいたします」
「え?」
「まったく、閨の教育など……、女性を馬鹿にしているとしか思えません!」
シャーロットはまさか女官長が怒るとは思わなかったので、目を白黒させて彼女が憤然と部屋を出ていくのを見送った。
「シャーロット様のおかげで今日は面白いものが見れましたわ」
昼過ぎ。
昨日の雪は積もることなく、今日は朝から晴れていた。アレックスは昼食後に庭を走ってくると言って部屋を出て行って、シャーロットはこれで落ち着いて本が読めると意気揚々と暖炉のそばまで揺り椅子を引っ張って行って腰を下ろしたが、ヨハナが紅茶をいれながら楽しそうにそんなことを言い出したから、シャーロットは首をひねって顔を上げた。
「面白いもの?」
「ええ」
ヨハナはその「面白いもの」を思い出したのかくすくすと笑いだした。
「シャーロット様、女官長に殿下の例の件をお話になられましたでしょう?」
「うん」
「ふふふ。実は例の件は女官長には知らされていなかったのですわ。耳に入れたら怒るのは目に見えていましたから、誰もお伝えしていなかったのです」
「そうなの!?」
シャーロットは「しまった!」という顔をしたが、ヨハナは笑いながら続けた。
「女官長はシャーロット様のお話を聞き、すぐに第三妃様のお部屋に向かいました。第三妃様も今回の件は寝耳に水だったらしくて、それはそれはお怒りに――」
あのおっとりと優しそうな第三妃が怒った?
シャーロットには想像できなかったが、ちょうど第三妃に呼ばれていたヨハナはそれを近くで見ていたらしい。
ヨハナ曰く、息子にそんないかがわしい教育を施そうとした国王に腹を立てた第三妃は、生まれたての第四王子リュディアンに会いに来た王を部屋から叩き出したらしい。閨の教育をやめさせない限りリュディアンには一切合わさないと妃に脅されて、王は真っ青になってカミラ夫人をアレックスの教育係から解いたのだとか。
「そうそう、第三妃様からシャーロット様に、心労をかけたお詫びとしてお菓子をいただきましたわ」
ヨハナにチョコレートの入った箱を差し出されて、シャーロットはその箱の表に「何かあったらいつでも相談してちょうだいね」と妃の手で書かれたメッセージを見つけた。
なるほど、はじめから第三妃に相談していれば、あっさり解決できていたようだ。シャーロットが今度から真っ先に第三妃に相談しようと心に決めて、チョコレートの箱を開けた、そのとき。
こんこん、と部屋の扉が叩かれて、シャーロットは顔を上げ、ヨハナが開けた扉の奥にいる女性にぴしっと凍り付いた。
「か、カミラ夫人!?」
第三妃のおかげで、アレックスの教育係から解任されたはずのカミラ夫人が立っていたのである。
夫人はシャーロットの顔を見つけるとにっこりとそれはそれは極上の笑みを浮かべた。
入室の許可は出していないのに当然のように部屋に入ってきて、シャーロットが手に持っていた箱の中からチョコレートを一つ奪っていく。
「あなたのせいで仕事がなくなったわ。どうしてくれるの?」
カミラ夫人はソファに腰を下ろすと、奪い取ったチョコレートを口に入れた。
「べ、べつにわたしのせいじゃ……」
シャーロットは女官長に告げ口したかもしれないが、カミラ夫人の職を奪ったのはシャーロットではない。
「あら、あなたが余計な告げ口をしたからでしょう? もちろん、責任は取ってくれるのよね?」
「せ、責任……?」
カミラ夫人はきらりと瞳を輝かせると、きれいに整えられた爪の先で、つん、とシャーロットの頬をつついた。
「あなた、頭はいいそうだけど、次期王妃になるのであれば、もう少しお淑やかさを身につけないとだめね」
「ぐ……」
「昨日みたいに『ぎゃあ』なんて……、ねえ?」
「う……」
「だからわたくし、陛下にお願いしたのよ。殿下の教育係がだめなら、シャーロットさんの教育係にしてくださらない? って」
「……はい?」
「うふふ。あなた、面白そうだもの。覚悟していてね。これからびしばし、お淑やかさが何なのかを教えて差し上げるわ」
シャーロットの顔からさーっと血の気が引いた。
助けを求めるようにヨハナを振り返ると、彼女は小さく合掌をしている。
「陛下の、あほ―――!」
シャーロットは不敬罪も何のそので、頭を抱えて絶叫した。