この度、筋肉バカ王子の教育係に任命されました
ヴィクトリアが帰ってしばらくしてアレックスが遊びに来たので、シャーロットがヴィクトリアから聞いたことを相談すると、彼は目を丸くした。
「ヴィクトリアにクレダ公国のユリオル殿が求婚? ユリオル殿と言えばまだ十四歳だぞ。いや……誕生日が来ていないからまだ十三歳か」
アレックスが驚くのも無理はない。
王族や貴族の婚約は下手をすれば生まれてすぐに取り交わされるほど早いことがあるが、たいていは家同士で交わされるものだ。本人の意思を持って求婚する場合、十三歳は、早い。
「あれじゃないのか? 将来お嫁さんになってね、うん――的な、おままごとみたいな?」
「殿下、さすがにひどいわよ」
アレックスは息を吐きだして、ソファに体を沈めた。
ヨハナが、ヴィクトリアに食べられたケーキのかわりに、ラム酒の効いたチョコレートケーキを持ってきてくれる。ミントティーを煎れながら、うっとりとつぶやいた。
「でも、ロマンチックではございませんか。帰国する前に求婚だなんて。わたくし、どきどきいたしますわ」
「またそんな能天気なことを」
「ふふふ。失礼いたしました」
ソフィアはため息をついて、チョコレートケーキにフォークを刺した。イチゴのケーキは惜しかったが、これはこれで濃厚で美味しい。ヨハナが煎れてくれたミントティーもさわやかで、なかなか癖になる。
「で、ユリオル殿は本気だと思うか?」
「わかんないわよそんなの。でも、いくら十三歳でも、大公家の方ですもの。求婚なんて口約束でできないことくらいはわかっているはずでしょ。つまり、まあ、冗談で言うはずはないわよね」
「だろうな。だがこれで、安易にテオドールとの婚約をすすめられなくなったが……、議会の耳に入れても面倒だ」
「一度断っているから?」
「それもあるが、今度はユリオル殿とテオドールのどちらに嫁がせるのが得策かともめはじめる。中にはヴィクトリアが断ったことを責めるものも出てくるだろう。国同士の問題だ。どうして勝手なことをした、とな」
「でも、あちらも正式な手順で求婚してきたわけじゃないじゃないの」
「議会の連中は暇なんだ。文句がつけられるところを見つければ、何であろうと騒ぎ立ててくる」
アレックスはミントティーを口に入れて、途端に顔をしかめた。お気に召さなかったらしい。
シャーロットは自分のチョコレートケーキを食べ終わると、アレックスの目の前のケーキを手前に引き寄せた。筋トレ馬鹿はこういう脂肪分はあまり食べないのである。
「とりあえず、親父に相談した方がいいな」
アレックスはそう言うが、正直、シャーロットはあの国王が役に立つとは思っていない。政治的な手腕はともかくとして、あの国王は我が子が絡んだ時は途端にアホになる。シャーロットが不安に思っていると、どうやらそれが顔に出ていたらしい、アレックスに笑われた。
「さすがに親父でも、国同士の問題で暴走したりしないだろ」
「そうかしら?」
「たぶん」
「……たぶんなのね」
「まあ、大丈夫だろう。そんなことより――お前、太るぞ?」
「は?」
アレックスのチョコレートケーキを口に入れようとしていたシャーロットは、ぴたりと動きを止めた。
アレックスはあきれながら、
「お前、それが糖分と脂肪の塊だとわかっているのか? そんなものばっかり食べてゴロゴロしながら本ばかり読んでいると、そのうち豚みたいに丸くなっても知らないからな。それでなくとも最近、腹回りが――」
「なんですってぇ?」
シャーロットは眉を跳ね上げた。
「わたしの腹回りが何よ! 太ってなんかないわよ! っていうか、どうしてわたしのお腹周りのことがわかるのよ!」
「そりゃ、前より胴回りが……」
「こ・れ・は、コルセットを緩めているからよ! 馬鹿じゃないのっ」
「つまり締め上げてないとそれってことだろ。少しは腹筋を鍛えた方が――ぶっ」
シャーロットはクッションをひっつかむとアレックスの顔面めがけて投げつけた。
「余計なお世話よ!」
(本当にデリカシーってものがないんだから!)
言われてみれば、毎日ティータイムにおいしいお菓子が出てくるから、ちょっぴり太ったような気もする。コルセットが嫌いだから、普段は緩めていることが多いし。でも、それをアレックスに指摘されるのは腹が立つ。しかも言うに事欠いて豚に例えるとはどういうつもりだ。
「わたしはあんたみたいに年中筋トレしてるわけじゃないのよ! この、筋トレ馬鹿!」
「なんだと? 筋肉を鍛えないからそうやって腹がたるむんだ!」
「たるむ、ですってえぇ?」
「現にたるんでるじゃないか!」
「どこがよ! ドレスの上から何がわかるって言うのよ!」
「ああそうか! じゃあ実際見てやるからそのドレス脱いでみろよ!」
「脱ぐわけないでしょ、レディに何を言うのよこの破廉恥筋肉バカ王子!」
ぎゃいぎゃいと言い争いをはじめたアレックスとシャーロットに、ヨハナはこっそり嘆息する。相変わらず、ぽんぽんと飛び交う言葉の応酬である。この二人は仲がいいのか悪いのか、たまにわからなくなる。
ヨハナは怒ったシャーロットが放ったクッションによりティーセットが倒されることを懸念して、テーブルの上からそっとティーカップと食べかけのケーキを回収した。
最初の一撃は顔面で受け止めたアレックスであったが、二撃目以降のクッションは持ち前の反射神経でかわしており、シャーロットはそれが面白くないらしく、とうとうクッションを持ってアレックスを追いかけまわしはじめる。
部屋の中で追いかけっこをはじめた二人に、ヨハナが部屋の隅に避難した時だった。
控えめに扉が叩かれて、小さく開けて見れば、扉の外に淡い金髪の少年が立っている。ヨハナはハッとした。
「しょ、少々お待ちくださいませっ」
ヨハナは扉を閉めると、追いかけっこを続けている二人を止めに入った。
「リアクール公爵家のブライアン様がいらしています!」
シャーロットとアレックスは走るのをやめて、思わず顔を見合わせた。
「ヴィクトリアにクレダ公国のユリオル殿が求婚? ユリオル殿と言えばまだ十四歳だぞ。いや……誕生日が来ていないからまだ十三歳か」
アレックスが驚くのも無理はない。
王族や貴族の婚約は下手をすれば生まれてすぐに取り交わされるほど早いことがあるが、たいていは家同士で交わされるものだ。本人の意思を持って求婚する場合、十三歳は、早い。
「あれじゃないのか? 将来お嫁さんになってね、うん――的な、おままごとみたいな?」
「殿下、さすがにひどいわよ」
アレックスは息を吐きだして、ソファに体を沈めた。
ヨハナが、ヴィクトリアに食べられたケーキのかわりに、ラム酒の効いたチョコレートケーキを持ってきてくれる。ミントティーを煎れながら、うっとりとつぶやいた。
「でも、ロマンチックではございませんか。帰国する前に求婚だなんて。わたくし、どきどきいたしますわ」
「またそんな能天気なことを」
「ふふふ。失礼いたしました」
ソフィアはため息をついて、チョコレートケーキにフォークを刺した。イチゴのケーキは惜しかったが、これはこれで濃厚で美味しい。ヨハナが煎れてくれたミントティーもさわやかで、なかなか癖になる。
「で、ユリオル殿は本気だと思うか?」
「わかんないわよそんなの。でも、いくら十三歳でも、大公家の方ですもの。求婚なんて口約束でできないことくらいはわかっているはずでしょ。つまり、まあ、冗談で言うはずはないわよね」
「だろうな。だがこれで、安易にテオドールとの婚約をすすめられなくなったが……、議会の耳に入れても面倒だ」
「一度断っているから?」
「それもあるが、今度はユリオル殿とテオドールのどちらに嫁がせるのが得策かともめはじめる。中にはヴィクトリアが断ったことを責めるものも出てくるだろう。国同士の問題だ。どうして勝手なことをした、とな」
「でも、あちらも正式な手順で求婚してきたわけじゃないじゃないの」
「議会の連中は暇なんだ。文句がつけられるところを見つければ、何であろうと騒ぎ立ててくる」
アレックスはミントティーを口に入れて、途端に顔をしかめた。お気に召さなかったらしい。
シャーロットは自分のチョコレートケーキを食べ終わると、アレックスの目の前のケーキを手前に引き寄せた。筋トレ馬鹿はこういう脂肪分はあまり食べないのである。
「とりあえず、親父に相談した方がいいな」
アレックスはそう言うが、正直、シャーロットはあの国王が役に立つとは思っていない。政治的な手腕はともかくとして、あの国王は我が子が絡んだ時は途端にアホになる。シャーロットが不安に思っていると、どうやらそれが顔に出ていたらしい、アレックスに笑われた。
「さすがに親父でも、国同士の問題で暴走したりしないだろ」
「そうかしら?」
「たぶん」
「……たぶんなのね」
「まあ、大丈夫だろう。そんなことより――お前、太るぞ?」
「は?」
アレックスのチョコレートケーキを口に入れようとしていたシャーロットは、ぴたりと動きを止めた。
アレックスはあきれながら、
「お前、それが糖分と脂肪の塊だとわかっているのか? そんなものばっかり食べてゴロゴロしながら本ばかり読んでいると、そのうち豚みたいに丸くなっても知らないからな。それでなくとも最近、腹回りが――」
「なんですってぇ?」
シャーロットは眉を跳ね上げた。
「わたしの腹回りが何よ! 太ってなんかないわよ! っていうか、どうしてわたしのお腹周りのことがわかるのよ!」
「そりゃ、前より胴回りが……」
「こ・れ・は、コルセットを緩めているからよ! 馬鹿じゃないのっ」
「つまり締め上げてないとそれってことだろ。少しは腹筋を鍛えた方が――ぶっ」
シャーロットはクッションをひっつかむとアレックスの顔面めがけて投げつけた。
「余計なお世話よ!」
(本当にデリカシーってものがないんだから!)
言われてみれば、毎日ティータイムにおいしいお菓子が出てくるから、ちょっぴり太ったような気もする。コルセットが嫌いだから、普段は緩めていることが多いし。でも、それをアレックスに指摘されるのは腹が立つ。しかも言うに事欠いて豚に例えるとはどういうつもりだ。
「わたしはあんたみたいに年中筋トレしてるわけじゃないのよ! この、筋トレ馬鹿!」
「なんだと? 筋肉を鍛えないからそうやって腹がたるむんだ!」
「たるむ、ですってえぇ?」
「現にたるんでるじゃないか!」
「どこがよ! ドレスの上から何がわかるって言うのよ!」
「ああそうか! じゃあ実際見てやるからそのドレス脱いでみろよ!」
「脱ぐわけないでしょ、レディに何を言うのよこの破廉恥筋肉バカ王子!」
ぎゃいぎゃいと言い争いをはじめたアレックスとシャーロットに、ヨハナはこっそり嘆息する。相変わらず、ぽんぽんと飛び交う言葉の応酬である。この二人は仲がいいのか悪いのか、たまにわからなくなる。
ヨハナは怒ったシャーロットが放ったクッションによりティーセットが倒されることを懸念して、テーブルの上からそっとティーカップと食べかけのケーキを回収した。
最初の一撃は顔面で受け止めたアレックスであったが、二撃目以降のクッションは持ち前の反射神経でかわしており、シャーロットはそれが面白くないらしく、とうとうクッションを持ってアレックスを追いかけまわしはじめる。
部屋の中で追いかけっこをはじめた二人に、ヨハナが部屋の隅に避難した時だった。
控えめに扉が叩かれて、小さく開けて見れば、扉の外に淡い金髪の少年が立っている。ヨハナはハッとした。
「しょ、少々お待ちくださいませっ」
ヨハナは扉を閉めると、追いかけっこを続けている二人を止めに入った。
「リアクール公爵家のブライアン様がいらしています!」
シャーロットとアレックスは走るのをやめて、思わず顔を見合わせた。