呪われた令嬢はヘルハウスに嫁ぎます!
深夜にジェフさんと、クイニーアマンを作っていた。

朝には失敗のないクイニーアマンを出したいから、練習のつもりで焼いてみたが少し焦がしてしまった。

生地のふくらみもいまいちに見える。



「基本的なことは出来てますから大丈夫ですよ。朝には予定通りに作りましょう」

「はい……でも意外とお砂糖が無くなりましたね。朝一番で買いに行きますね」

「では、早起きをしてご一緒いたします。では、そろそろ俺は休みますね」

「はい、ありがとうございます」



旦那様は朝が弱いし、ジェフさんが一緒に行って下さるなら助かる。

その旦那様は、お仕置き中に会いに来なかったとジュリア様に責められている。



『ひどいわ、ガイウス。私を放置するなんて……!』

「どうせ地下で眠りについていたんじゃないのか? しばらく見なかったぞ?」

『添い寝に来てくれてもいいのに……!』

「だから、ジュリアは身体がないだろう…大体、なんで俺が棺桶の中で寝ないといけないんだ」



まさか、あの真っ暗の隠し通路のあった棺桶のどれかで寝ていましたか!?

ジュリア様は責めるだけ責めたら、飽きたのかギルバード卿を見つけ、馬に乗せてもらうために飛んで行った。

そのギルバード卿は、やはり邸の中も騎乗中だった。

お化けは一つの事には執着するのに、他の事にはすぐに飽きるように見えてしまう。



「リーファ、用事は終わったのか?」

「はい」

「なら、どこか遠乗りでもするか?」

「はい、ぜひ」



旦那様とは上手くいっていた。

近いうちには本当の夫婦になるのでは……と思えるほど旦那様の事が気になっている。

アーサー様に怯えていた私が、旦那様にときめきを自覚するほどこのヘルハウスに来て良かったと思える。



「旦那様、明日の朝は楽しみにしててくださいね」

「そうだな……」



馬上の旦那様の腕の中でそう言うと、珍しく旦那様が微笑んだ。

それにつられるように、私もくすぐったくなり、ふふっと笑みが零れた。

そして、明日は絶対に失敗しないように! と力が入る。

旦那様の胸に凭れると、そっと抱き寄せてくれた。



そのまま、旦那様の腕の中で月の綺麗な夜の遠乗りを楽しんだ。



◇◇◇



「こんな夜も明けぬうちから、どの店が開いてますかね?」

「大丈夫ですよ。パン屋さんが開いてますから、砂糖を売ってもらいます」



パン屋さんご夫婦とは、毎日通っていたせいか、それなりには仲の良い関係になっていた。

日中買い物も出来ない私の代わりに、買い物をして下さり、朝にパンを旦那様と買いに来た時に受け取って帰ったりと、そんな仲にはなっていた。



そして、案の定パン屋さんは快く砂糖を売って下さった。



「人の良いご夫婦ですね」

「はい。とっても仲の良いご夫婦で憧れます」

「リーファ様とガイウス様も仲の良い夫婦と街では評判でしたよ」



そう言われるとちょっと嬉しい。

少しだけ緩む口元を抑えると、ジェフさんは急いで帰って、旦那様が起きる前にすぐにクイニーアマンを焼きましょうと張り切っている。

でも、旦那様は起こさないと起きないから大丈夫ですよ。

今頃爆睡中です。



砂糖の入った紙袋を両手で抱えるジェフさんと一緒に歩いて邸に帰ろうとすると、急に後ろから声をかけられた。

聞き覚えのある声だった。



「リーファ」「お姉様」



振り向くと、義妹と継母がそこにはいた。

どうして、ここにいるのだろうか……。

二人はどこかやつれており、表情は歪んでいる。

なにを焦っているのかも分からない。



「リーファ、すぐに戻るのよ! このままでは家がどうなるか……」

「お姉様のせいですよ……! お姉様がアーサー様から逃げたから、私達はもう夜会にも出られず、まともに貴族から相手にもされなくなったんですよ!」

「お前のせいで、今はお父様の仕事はもう落ち目なのよ!?」



家は細々と、商会もしていた。

その収入で田舎から王都に家も借りられたし、その仕事のツテで知り合った貴族から、アーサー様の出席する夜会の招待状を手に入れられたのだ。

でも……。



「落ち目とは……?」

「お前が私達に何の相談もなく、許可も取らず結婚をするから、アーサー様のお怒りを買ったのよ!!」

「私達がお姉様を大事にしていたら、クローリー公爵の元に嫁がなかったのでは!? と私達が責められたのよ! ずっとお姉様は寝てたのに、私達とお姉様が会わなかったせいでお姉様が街から逃げたと責められたわ!! せめて街から出る時に家に寄れば良かったのに!!」

「早くアーサー様の元に戻りなさい! これは命令よ!!」



寝てたのは呪いのせいです!

私がただの寝坊助でいつまでも起きなかったと思っているの!?



私をアーサー様から保護してくれるような家族なら、私だって良かったとは思う。

そんな優しい家族なら、旦那様が私の保護に来る事はなかったと思う。

きっと陛下は私の事を調べていたはず。

アーサー様の邸であんな事があったし、アーサー様は私を望み婚約者にと陛下を説得していたのだから。

そんな令嬢を調べないわけがない。

そして、私を匿うような優しく力のある貴族なら、もしかしたら、陛下も旦那様じゃなくて家族に頼み援助をしたかもしれない。

でも、この家族は違う!!



私は一人で逃げようとまで追い詰められていたのに、お父様も継母も、誰も私を一度もアーサー様の邸から出してくれなかった!

アーサー様に臆せずに私を助けてくれたのは旦那様だけよ!

それに、もしも家に寄ればアーサー様に突き出すつもりだったのでは!?



アーサー様の邸から出る時の、旦那様の言葉が思い出される。



……娘がこんな状態なのに荷物一つ持って来ないなんて、まともな親じゃない。



本当にそうだ。こんな所に来てまで私を責めるなんて、まともな親子には見えない。

一緒にいるジェフさんまで苦々しい表情だ。

ジェフさんの砂糖の紙袋をギリッと握る音さえする。

ジェフさんはアーサー様に痛めつけられたせいか、この身勝手な主張が受け入れられないのだろう。



「早くアーサー様の所に戻ってよ! 何が不満なの!?」

「絶対に戻りません!! 私は旦那様と結婚したのよ! アーサー様だって結婚されるのに、私に戻って来て欲しいわけがないでしょう!?」



義妹のノーラは責めるような、それでいて追い詰められているような様子で喚いていた。







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