呪われた令嬢はヘルハウスに嫁ぎます!
「……せめて、王妃様の亡霊をあの世に送ってもらうのは?」
「だから、ガイウスを呼んだ。だが、父上は、このままでいいと、聞かなかったのだ。このまま、王妃のしたこと、自分のしたことを受け入れると……亡き王妃の亡霊が側にいることも最初は父上は言わなかったのだ」
ニール殿下は悲しみと苦しみに満ちている。
ニール殿下に至っては、今では、陛下の部屋にもほとんど入れないらしい。
亡き王妃様が怒るから……と。
だから、ニール殿下は、すぐに城を去り、隣国に行ったのだ。
自分がいると、誰の為にもならないと思い。
それどころか、ニール殿下は自分がいなければ、亡き王妃様の怒りが多少でも鎮まり、陛下の死期が伸びるとでも、思ったのかもしれない。
そして、アーサー様の結婚式の為に、戻って来たのだという。
でも、きっと結婚式はただの口実で二人が心配だったのだろう。
「……ガイウスには、この宮にいることは伝えた。あいつなら、必ず来る。君がアーサーとどんな関係になろうが、動揺するやつじゃない。迎えが来たら、すぐに逃げなさい」
「旦那様が来てくれますか?」
「ずっと探していた。アーサーは君が奪われないようにと、カモフラージュの為におとりの馬車も私兵も何台も準備し、ガイウスがすぐに追って来れないようにしていた。この宮にいるのも、バレないように、いくつもの邸に君がいるかのように私兵を配置している。ガイウスは全て調べ探し回っていた。今は逃げる為の準備をしているはずだ」
旦那様が私を探してくれている。
それだけで希望が持てる。
「……ニール殿下はアーサー様とは、どんなご兄弟でしたか?」
話やニール殿下の表情を見ると、嫌っているようには見えない。むしろ、アーサー様を心配しているように見える。
「……亡き王妃の前では、仲良く出来なかったが、二人で隠れて仲良くしていた。大事な弟だ」
その言葉に嘘は感じない。
仲良く遊んでいた時を思い出すようにそっと瞼を閉じている。
あの頃に戻りたいと思っているのだろうか。
悲しい表情を見ると、ニール殿下の私と同じ薄い茶色の髪は、ニール殿下のお母様譲りだろうか。
アーサー様は金髪碧眼だけど、ニール殿下は薄い茶髪に目も薄い茶色だ。
亡き王妃様はお母様の面影の残るニール殿下を受け入れられなかったのだろう。
「……私をアーサー様から見逃してくれますか?」
「助けることは出来ないが、手助けはしよう。だが、結婚式が終われば、俺は国を去る。俺がいては、王妃の怒りが鎮まらない……現に帰って来てから、父上の苦痛は増している。毎日唸るようにベッドに横たわっているのだ」
ニール殿下は、本当なら陛下とアーサー様の側にいたいのだろう。
でも、亡き王妃様がそれを許さない。
「……弟を……アーサーを父上たちと同じようにしたくない。君はここにいるべきではないのだ。君の呪いの犯人も探すように尽力するから、今はガイウスが来たら逃げてどこかに隠れなさい。今のアーサーは父上のことがあってか、君のせいか……話を聞かないが、必ず落ち着けば話ができる」
アーサー様はどこか壊れてしまっていたのだろうか。
良かれと思ってしたことで、陛下は呪いに蝕まれ、もう長くない。
死期が近いなら、今から呪いの治療をしても、もう間に合わないのだろう。
もしかしたら、呪いを終わらせる為に、治療をしなかったのかもしれない。
陛下は、私を旦那様に託すような方だ。
アーサー様に、亡き王妃の亡霊を見せたくないのかもしれない。
アーサー様にとったら、唯一の母親だから。
「でも、呪いの犯人はわかっています。アーサー様の結婚相手です」
「本当か!?」
「はい。アーサー様も存じています」
ニール殿下は困惑してしまった。
「私を妾にする為に結婚すると言っていました……」
「……すまない。結婚式に間に合うかどうかはわからんが、彼女を調べよう……」
何を考えているのかはわからないが、ニール殿下は、そう言うのが精一杯だった。
「ニール殿下、もし、手助けしてくださるなら欲しいものがあるのです。アーサー様には内緒で欲しいものが……」
ここから、脱出する為には必要なものだと思う。私がいる部屋は窓でさえ隙間ほどしか開かないのだから、旦那様が来ても出られなければ意味がない。
だから、ニール殿下にお願いをした。
「それなら、俺の護身用に持っているものをあげよう。だが、アーサーには使わないでくれ……」
「わかりました……」
ニール殿下から受け取り、身体を隠すように後ろを向いた。受け取ったものを胸の間に押し込むように隠したのだ。
ごそごそと隠したところで、ドアが開く。
「兄上!何故ここへ!?」
誰かが知らせたのか、アーサー様が急いで来たように帰って来た。
アーサー様が部屋に入ると、身体がぶるりと震えた。悪寒が背筋を走ったのだ。
「……お前が、女を閉じ込めていると聞いてやって来た」
「リーファを奪いに来る男がいるから、守っているだけです」
「彼女は新婚だ……帰してやりなさい……っつ……」
アーサー様とニール殿下が話している中、私は胸に隠したものを抑えるように振り向くと、また一斉に血の気が引いた。
ニール殿下は胸を苦しそうに、汗を流し押さえている。
部屋にやって来たアーサー様のせいだ。
正確には、アーサー様の後ろにいるどす黒いモヤモヤだ!
「キャアァァァァーーーー!?」
「リーファ!?どうしたんだ!?」
あんなの見たことない!
いつもアーサー様にあんなのはなかった!
顔もなく、だだどす黒いモヤモヤなのに、怒りに満ちているのがわかる。
「アーサー様!? 一体どこにいたのですか!?」
「どこって……父上の所と後は結婚式の打ち合わせに……」
その時、どす黒いモヤモヤは動きニール殿下の上から覆うようにまとわりついついた。
ニール殿下は胸を押さえ、膝から崩れ落ちた。
「くっ……!?」
「兄上!?」
「ニール殿下!?」
私もアーサー様も駆け寄ろうとしたが、ニール殿下は手を出して止めた。
「近寄るな……くっ……何でもない……!」
「しかし兄上……!」
アーサー様にも、ニール殿下にもどす黒いモヤモヤは見えてない。見えてないけど、ニール殿下は心当たりがあるのだ。
今の苦しみを理解しているようだった。
これは、亡き王妃様だ……。
アーサー様について来たのだ。
見えている私は、身体の震えを抑えることさえ出来ないくらい怖い。
そして、どす黒いモヤモヤは私に向かって来た。