呪われた令嬢はヘルハウスに嫁ぎます!
歩きたくもない廊下を悲しい思いで歩く。外は月も見えないから、天気が悪いのかもしれない。
冷たい廊下の先を前後左右の使用人たちが足を止め、こちらです。と扉を案内した。
開けられた扉の先には香がほのかに焚かれ、アーサー様は結婚式のあと忙しかったのか、着替えもそこそこで、正装の下に着ていたシャツを緩めているくらいだった。
足が進まない私は扉の前で固まっている。
「リーファ様、アーサー様がお待ちです」
「いや……」
足も手も震えている。
拒否する声は誰にも響かない。
侍女二人に力任せに部屋に押し込まれると、部屋で待っていたアーサー様が近付いてきた。
背にした扉は開かない。
開けたとしても、使用人がいるだろうし、逃げ場はないのだ。
この部屋にも、投げることの出来る調度品すらない。
それでも、逃げようと僅かながらの抵抗するが、今夜は引く気はないのか力任せに抱き寄せる。
「アーサー様!お止めください!」
唇を交わされると、またアーサー様から甘い匂いもする。段々と、開けた首筋から鎖骨に触れられ、押し退けてもビクともしない。
「アーサー様! こんなことをしてる場合じゃないです!」
「今夜は初夜だが……」
「……陛下のことはいいのですか? 旦那様に頼んでせめて王妃様だけでも送ってもらいましょう」
「母上を理由にガイウスを呼ぶ気か?」
「い、嫌! 触らないで!」
アーサー様は止まる気はない。
歯を食いしばり、嫌だ、と耐えているところに、廊下から叫ぶように呼び掛けがあった。
「アーサー! すぐに来てくれ! 父上の様子が……!」
ニール殿下が、陛下の様子を伝えに来たようだった。
「父上が……?」
「アーサー様……陛下がお呼びです!」
「しかし……」
「心配じゃないのですか!?」
アーサー様は、天をあおぐように静かだった。
「頭がおかしい……」
「アーサー様……?」
様子が変だと思う。
でも、今はこのまま召される気はない。
少しでも時間を稼ぎたいと思うのと、アーサー様は陛下を慕っているのだから、こんな馬鹿馬鹿しい初夜より、陛下の元に行くべきだと思う。
「アーサー様……? どうか陛下の元に……」
「リーファがそう言うなら……」
そして、また無理やり唇を落とし、アーサー様はそのまま、私を置いて陛下の元に行ってしまった。
一人残され、安堵したのか、またくる恐怖か、ぺたりと腰が抜けるように座り込んだ。
でも、逃げるなら今しかない。
両手をついて立ち上がり窓際に行くと、白ちゃんがやって来た。
またぐるぐる回っている。
「白ちゃん……窓から出ましょうね」
白ちゃんは、首を振るように落ち着きがない。
「どうしたの?」
不思議に思い、窓の下をへばりつくように見た。
外の庭には、黒いマントの男がいる。
黒いマントのフードをはらりと下ろすと、涙が出た。
旦那様だ。
旦那様は、この部屋を見上げている。
「白ちゃん……旦那様よ。旦那様が来てくれたのよ」
ニール殿下に頂いたものを腰のリボンから出して、窓に置いた。
ニール殿下から頂いたのは、小さな爆弾だ。貴族は初夜に香を焚くことが多いから、火をつけるものはある。
小さな導火線に火をつけて窓に置いたのだ。
大きな爆発ではないが、窓ぐらいなら壊せる。
そして案の定、ボンッと音を立てて窓は爆発で壊れた。
「旦那様!」
「リーファ! 飛び降りろ!」
窓に昇ろうとすると、爆発音に廊下の使用人たちが入って来た。
「リーファ様!? 何を!?」
使用人たちは、私が飛び降り自殺をしようとしているように見えたのだろう。
必死で止めようとしてきた。
「リーファ様! お止めください!」
「キャアァァーー!!」
使用人たちが騒ぐ中、私は迷わず窓から飛び降りた。
三階から飛び降りたが、地につく前にフワリと身体が浮かぶ。ほんの一瞬だが浮かんだのだ。旦那様が、魔法で身体を浮かせたのだろう。
そのまま、旦那様の腕に飛び込んだ。
「リーファ……遅くなってすまない」
「旦那様……」
旦那様の腕の中でほっとした再会も束の間で、飛び降りた窓から、使用人たちが侵入者だと叫んでいる。
「リーファ……すぐに逃げるぞ。しっかり掴まっていろ」
「はい……!」
旦那様にしっかりとしがみつくと、周りからお化けが大地から這い出るように出てきた。
「今夜一晩は好きに暴れろ」
そうお化けに言って、旦那様は私を抱き上げたまま走りだした。