【完】黒蝶 -ふたりの総長に奪われて-
ぽろっと、涙がこぼれる。
『雫?』とわたしを呼んでくれるその声は、やっぱり相も変わらず優しかった。越の冷たさは時々わたしにも刺さるけれど、ぬくもりだって同じだ。
『なに、どしたの?』
『なんや?越。雫ちゃんなんかあったんか?』
『わかんない。ちょっと外行ってくる』
電話の向こう、どうやら鼓が一緒にいるらしい。
ドアの開閉音と足音をBGMに、『雫?』ともう一度声を掛けてくる越。
「っ、ごめんなさい」
謝っている理由も、そもそも泣いている理由さえ、自分でもよく分からない。半ばパニックのわたしを宥めるように、もう一度越は名前を呼んだ。
深呼吸を促されて、言われたまま実行に移す。
『……もう平気?』
「うん、」
『ならよかった。
電話してきて泣くなんて、何があったの?』
「……あ、のね、越」
やましいことなんて何一つない。
けれど"舘宮 まつりに彼女になるよう言われた"。その一言が、なかなか言い出せない。
だって、"それは好都合"って言われるに決まってる。
彼女になるよう諭されるに決まってる。それは当たり前のことだと分かっているのに、それでも嫌だと思ってしまう自分がいる。
そんなわがまま言えないってわかってて、越たちと離れて南に来たのに。
……こんなところで揺らいで、ばかみたい。