【完】黒蝶 -ふたりの総長に奪われて-
目の前で快斗が紙箱をチラつかせる。
稜くんも幹部室でなら喫煙に何も言わないものね。
……それより、いつからここにいたんだろう。
幹部室からすこし離れたところにはいたけれど、ちょうど今来たようには見えなかった。でも、わざわざそれを聞く必要もない。
そこに踏み込むほど、わたしたちは親しくない。
だから。
「じゃあ先にもどってるわ」
「ん。テキトーに戻る」
お互いに、知らないフリをするだけ。
扉の前を譲るようにそこを退いて、歩き出す。下に行けばおそらく咲ちゃんがくっついてくるだろうし、優理はやさしく声をかけてくれるだろうし、まつりはまた甘く囁いてくるんだろう。
わたしは、彼岸花の姫。
まつりの彼女を、演じているだけの女。
「あ、そーだ。雫」
「うん?」
「別にしてやってもいいけど。キスぐらい」
「なっ……、」
何の話なのか、即座に察した。
どんな意味なのかはともかく、"してやってもいい"って言葉に反射的に動揺して、顔が熱くなる。
え? え……!?
してやってもいいけど、って、なに……?
「んじゃ、先もどれよー」