【完】黒蝶 -ふたりの総長に奪われて-
「調子になんて乗ってねえよ。
稜介、お前、俺のことはいいから先に帰ってろ」
「え? まつり、」
「ちょいちょい?
そんな"友情ごっこ"なんて別にいらねえから、さっさと──ぐ、あっ」
肩にかけていた自分のバッグを、まつりは俺の手に握らせる。
逃がすかと走り寄ってきた先輩の脚を自身の長いそれで引っ掛けて転ばせたまつりは、俺に「行け」と一言だけ寄越してくる。
「っ、無事に帰ってきてよ!?」
バッグを落とさないように強く握り、その場を勢いよく駆け出す。
一瞬だけ振り返れば、転んで起き上がろうとしていた先輩にまつりが近寄って、肩に脚を乗せているのが見えた。
いま思えば、"無事に帰ってきて"なんて、どれだけ無責任な言葉なんだろう。
このときの俺は、ただ"まつりなら大丈夫"って、馬鹿みたいな自己満足の信頼感でその場を去った。
……普通なら、大丈夫なんて思うわけないのに。
「あら。稜ちゃん、いらっしゃい」
荷物を抱えて、俺は自分の家ではなくまつりの家に向かった。
インターフォンを鳴らせば白雪さんが顔を出して、まつりとではなくひとりでここに来た俺のことを、和やかに迎えてくれた。
変な輩に絡まれたんだと説明すれば、白雪さんは困ったように笑っていて。
「あの子なら大丈夫」と頭を撫でてくれるその姿に、母親とはどういうものだっけ、なんて思う。
出してもらった紅茶も、いつの間にかすっかり冷めた。
まつり……大丈夫、かな。
「ただいま」
「っ、まつり!」