【完】黒蝶 -ふたりの総長に奪われて-
聞き慣れない単語に瞬くわたしに、男はため息をつく。
なんだかとても呆れられているような気がするけれど。
「きみ、名前は?」
「零、です」
「……半分合格かな。
初対面の素性も分からない相手に名乗らない方がいいよ。まあ、フルネームで名乗らなかったところだけは褒めてあげる」
「……わたしの本名シズクですけどね」
いくら綺麗な男が相手だからって、油断はしてない。
言い返したわたしに、その男は意外と言いたげに一瞬目を見開く。それから、猫みたいな目をふっと細めて。
「面白いじゃん。シズク、ね」
わたしの名前を呼ぶと、目線に合わせて屈んだ。
それから、越と名乗る。念の為、本名?と聞いてみたけれど、どうやら本当に本名を教えてくれたらしい。わたしが本名を名乗ったお返しだとかで。
「シズク、俺と一緒に来る?」
普段なら、そんな誘いにはついて行くはずもない。
けれど、この浮世離れした男なら、わたしに夢を見せてくれるかもしれない。……ううん、夢じゃなくたって、今とは違う現実を、くれるかもしれない。
そう思ったら、自然と頷いていた。
「ん。じゃあ、」
「あー!!! 越おったー!!!
突如響いたその大きな声に、反射的に顔を上げる。
越はその正体を知っているようで、やれやれとめんどくさそうに額に手の甲を当てていた。