【完】黒蝶 -ふたりの総長に奪われて-
笑えるよね。
国を支えるはずの国会議員が、実の息子を脅してまでその地位を保とうとしてるなんて。
……馬鹿みたいだ。
「……それで稜くんは、素直に従ったの?」
「母さんはね、好きにしたらいいって言ってくれたんだけど。
……まともに働くこともできない母さんが養育費を失ったら、俺は母さんと真っ逆さまに落ちていくんだって、容易に想像がついたんだよ」
雫ちゃんの綺麗な瞳は、俺の言葉も表情も微塵も逃さないように、終始俺のことを見つめていた。
決して他人事にしないようなその素振りに、ああ俺この子とキスしたんだっけ、なんて逸れたことを考える。
「母さんのため。……と言いたいところだけど、結局は不幸になりたくない自分のため。
そのために俺は、彼岸花を抜けた。まつりと左助さんの優しさを踏み躙って、信頼を裏切って」
人間、窮地に立たされるとやっぱり心の奥底に閉じ込めた本心があらわになるわけで。
知らぬ間に根腐れた心は、不幸になりたくない自分のことを守ろうと必死だった。
大事なものを守りたいと思っていた俺の覚悟なんて、所詮はそんなものだった。
「お前は一生甘っちょろくぬるま湯に浸かって生きてろよ」と。別れ際に左助さんからもらった皮肉の言葉だけが、じりじりと心を侵食してくる。
「裏切ったら養育費は約束通り、変わらずに支払われたよ。
だからこれでよかったんだって、思ってた。優理は学校で話し掛けてくれたし、まつりも変わらず話し掛けてくれたけど、俺の方が避けるようになった」
家にはもちろん行かなくなった。
行きも帰りも別々にしたし、次第にまつりも話し掛けてこなくなった。
ただ、たまにクラスの違う優理と教室のドア付近で話すまつりのことを、遠目から眺めていた。
クラスのみんなにも、喧嘩したんじゃないか、仲直り手伝おうか?と何度か声を掛けられたこともある。
それくらい、俺とまつりは一緒に過ごすのが当たり前だった。
「そのまま、ほとんど関わりもなくなって。
……俺がまつりと今こうやって元通りなるきっかけがあったのは、3年になってすぐのことかな」
学校から帰ったら、また玄関に革靴が置かれていた。